第35章 縛りの儀
『悟…?』
「このお弁当の品数からすると、キミも食べてないんでしょ?並べたもの、一人にしては多いしほとんど同じお弁当の中身だし…」
『ん、まあ……そうだけど…、』
ふたつもあるんだ、それも手をほとんど付けてない重箱……となると、僕が酔っている間ハルカもさっき言ってた通りほとんど手を付けてなかったって事。
ハルカにはきちんと食べて欲しい。彼女にとっても、お腹の子にとってもそれは必要な事なんだって、僕はその箸でローストビーフを挟んでハルカの口元へ。
「ほら、あーんして。僕ばっか食べるんじゃなくてハルカもたくさん食べてよ。今は僕たちだけの結婚式、僕と一緒になったからには一生食うに困らないよって誓いをするからね?」
小さく笑った彼女は少し控えめに口を開け、そこに突っ込めばもぐもぐと口を抑えて味わっている。
きっと美味しかったんだろう、さっきよりも大きく口を開けて、次はかまぼこを口で受け止めるハルカ。
ハルカが僕に食べさせ続けたのがよく分かるね、どんどん食べさせてあげたくなる。
頬を膨らませてなんとか喋れるようにした頬袋の彼女が割り箸に手を伸ばしてた。
『私ばっか食べてるじゃん、私からも悟に食べさせるから…、』
「ククッ…、なんだかさっきの式よりもこの瞬間の方が、よっぽど結婚式っぽいよねえ……僕ら、ふたりっきりの結婚式っていうか…」
頬が小さくなり飲み込んだらしい彼女。微笑んだハルカは『そうだね』って僕に同意してくれる。手に持つ新しく割り箸を持って、僕はハルカに、ハルカは僕にって食べさせ合う不思議なふたりだけの光景。
今日の失敗も記憶に残るけどさ。こういう幸せな事はきっと、年老いても残る記憶になるんだろうなって僕は思うんだ。
何十年後かの年をとってもこうやって笑い合える未来の僕らの姿を思い浮かべながら、互いに弁当箱から一品ずつ箸で挟む。おせちみたいに海老が入ってて、僕も彼女もそれを掴んでて笑った。
食べ物にも願いが籠もってるんだ、僕が込めたようにキミも願いを海老に込めて、お互いに腰が曲がるまで長生きして欲しいって…そう思っていてくれたなら良いなあ…。
ふざけることを忘れた小さな式場の二人きりの空間。
お腹がいっぱいになるまで互いに食べさせ合って、完食後、最後に僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。