第34章 その男の名は……。
硝子は別に隠すことじゃなかったのか、そんなことか、といいそうな声色で答える。風の音だとかガタガタと背景に物音がするのはきっと、出張に行くための準備をしてるのだと推測される。
"京都の方で呪物の受肉体が見つかってね。敵意は無いみたいで高専で匿うかって話があってさあ……そいつらの構造を調べるのに私が行くんだよ"
『呪物の受肉体…』
"うん…話はまともに出来るし協力的みたいなんだ。だからこういう事を調べるのはハルカよりも私が適任だろうってさ……まあ、私もあっちに行けば歌姫さんと飲む機会を得られるし丁度良いかなって"
『それって帰らない気満々じゃないっすか~!』
飲んだら帰らないじゃん、それ!と発した言葉だけど考えてみれば硝子は酔っている、というシーンに出逢ったことがない。きっと彼女にはインアルでもノンアル(ソフドリ)感覚でスイスイ飲んじゃうんだろう。飲んでおきながらそのまま新幹線でこっちに帰ってくるパターンとかもアリだ。
はははっ、と楽しげに笑ってる硝子。
"……バレたか。まっ、仕事具合に左右されずとも帰りは明日って思っておいて。夜は緊急で負傷者が出たら悪いけど対応お願いしても良い?"
医務室での作業用に、とパソコン用の鞄がある。それをデスク横のフックから取り出し、片手で上手く書類を詰め込みながら硝子とのやり取りを電話越しにして。書類と小物を詰め込んだ後に仕上げにノートパソコンを突っ込んだ。
『はい、まっかせて下さい!』
最後に"宜しく"と切られた通話。携帯をしまいながら新田の席に小走りで近寄った。彼女はタブレットを置きながらパソコンに何か打ち込んでた作業の手を止めて私側に体を向ける。
「家入さん、緊急の出張ッスか?」
『は、はい。それで私に留守の間医務室見ていて欲しいって頼まれたんですけど…、』
話の内容で大体を察したらしい新田。それでも硝子が言っていた事については流石に聞こえないだろうし仕事を持っていって作業しながら医務室に待機って説明をしておく。
今は伊地知が外に出ているからねえ……、誰でも良いからこの状況を伝えてもらわないと。