第34章 その男の名は……。
『……これ、出てくるのが女将が先か呪いが先かだね…?』
「ハルカがホイホイするからさ~…もー、とんだVIPだよ。水陸両用の秘伝要員にしちゃうぞ~?」
『それ、ビッパってかビーダルの方でしょ。
しょうがないじゃん、来ちゃうんだもん。一応、来るのは抑えられずともヨミの術式で近付く距離を一定まで阻むことは出来るけどさー……』
妊娠前から割と好んでるらしい、だぼっとした緩い服を着ている彼女のスカートがひらり、と風がはためかせる。僕の思考が一瞬、止まった。
彼女は祖母、ヨミの力をこの前移植された。その代償として式髪の容量を一部失って……──。
ハルカはまたひとつ呪術が使えるようになった!とお気楽に考えていたけれど。この調子でどんどん他の人の力を取り入れて自分のものにしてしまえば、吸い取るタンクの容量は減るんだ。
それは満タンになりやすくなるって事……即ち、死へ一歩進んだまま二度と下がる事の出来ない行為。こうなってしまえば気をつけよう、程度では済まない。
『……悟?』
心配そうに僕の顔を覗く彼女。ハルカも、まだこの空の青さを知らないお腹の子供も……。僕の大事な家族を指からすり抜けないよう、しっかりと守っていかないといけないね?
──彼女にこれ以上貪欲に強さを求めさせちゃ駄目だ。
ベッドの中のように僕の腕の中で過ごすみたいな、ずっと僕に守られていれば強さに拘るなんて考えにならないよね?長期の出張や任務でも僕の見える所にずっと置いておかないと……。
斜め下から僕だけの可愛い子猫が眉を下げ瞳を瞬いて『疲れが抜けてないんじゃない?大丈夫?』って心配してくれている。
……うん、大丈夫。ハルカの為に僕は頑張るから。
自信たっぷりに彼女に笑いかけた。
「ああ、うん。帳も無いのに結構こっちまで近付いて来ちゃったんじゃない?」
『帳、今から降ろす?』
「ん、お願い!そしたら僕ハルカに向かってくる過激なファンを文字通り捻り潰してあげる!
お客様、困ります、あーお客様、困ります~って!」
『なんじゃそりゃ……』
ウインクをすれば苦笑いして頷き『闇より出でて…、』と即座に帳を降ろす彼女。
この旅館に滞在中は絶対に仕事の事なんて考えるもんか!と気合いを入れて到着して即、交換条件の祓いを済ませてしまった。