第34章 その男の名は……。
「朝の支度してご飯食べたら旅館に向かうから、お泊りセットとデートの格好してね!」
『………はい?』
思わず聞き返す。外ではチュンチュンと雀が騒がしく鳴いてる、その朝の日差しが差し込む中で悟はにっこりと笑いながら人差し指を上げた。
「僕ら、たくさんお仕事したからね。ここまで出張してやってんだ、今日くらいはご褒美にのんびりしたっていいでしょ?そう掛け合ったの!」
『ナニイッテンノ・チラチーノ・デヴィ・スカルノ案件だよ……いや、待って。今って繁忙期でしょうよ…』
皆、忙しいのにこうも休んじゃ悟の担当した地区とか私が医務室を担当してたの、どうすんのさ。一瞬嬉しかったけれど現実に戻されて私は首をゆっくりと横に振った。確かにね、休めたらのんびりとしたかったよね…。
『……寝言は寝て言うから寝言、なんだよ?分かる?連勤でもしかして今、夢遊病みたいになってる?現実と幻想の違い、ご理解されておりますか?』
「いやいやいやジョーダンじゃないって!"窓"が経営してる旅館でさー、そこの呪いを祓えば良いよって許可も貰ったの!お爺ちゃんに!
……あ、お爺ちゃんってこっちの学長、分かるっしょ?」
信じられなかったけれど学長が…?と信憑性が高まる。もしそうならばはっきり言って嬉しいもので。
目の前の彼が両手の平を見せて「本当だよー信じてよー」と嘘泣きしながら言ってるのを見ているとその必死さは信じたくなる。
え?そこまでして嘘だったらの場合?この部屋に悟が頭から突き刺さる現代アート作品にしてるかもしれないわねぇ~?
『……旅館にお泊り、いいの?本当に?許されてる事ォ?』
「ん、いいんだよー?夫婦水入らず、のんびりイチャイチャ貸切温泉でも入ってもっともっと僕ら、仲良くなっちゃわない?」
にこ、と笑う悟。この流れで流石に嘘です!なんて言わない、本気の確率急上昇。腰を上げて立ち上がった私はその悟の胸に、がばっ!と抱きついた。
すぐに私の背中に支えるように回される手。互いの体は寝間着越しに密着して、お互いの起きたての高めの体温を感じ合ってる。