第34章 その男の名は……。
グッチャグチャにしてきた犯人の手首を何度も逃れながらもしっかりと捕まえる。少しだけ残念そうな顔をした悟はそのままベッドの中でもぞ、と私に顔を近付け、触れるだけのキスをして笑っていた。撫で回すのから今度はキスか、と一瞬思考と共に動きも止まっちゃって、そんな私を悟は吹き出して笑う。
「ククッ、ウブな所は残念な事にとっくに消えたけど。オマエってキスすると静かになるよね~?今も昔も!」
『……普通騒がないでしょ…』
付き合う前とか付き合って間もない時とか、キスだけでへたり込んだ事もあったし、真っ赤になってしまうこともあったな……だって、経験とか無かったのに急にがっついてくる人が出てきたんだもん。
始めてのキスを人前でされたっけ、なんて思い出に浸っていれば、掛け布団を腰ほどまでバサッ!と剥く悟。元気に飛び起きてベッドが軋んだ。寝起きのふわふわとした儚さを感じる旦那さんはいずこ。
今じゃヤッター!今日は海に行くぞ!とはしゃぐガキ大将みたいなテンションになってんだけど。
満面の笑みで元気百倍悟ンマンしてる彼は私から掛け布団を全て剥ぎ取っていく。この追い剥ぎめ。
「ほらほら、いつまで寝てんの!早く起きて支度して朝ごはん食べなさい!赤ちゃんの栄養はママがちゃんと食べなきゃ!」
『ほんっと元気だなあ~……、この人何連勤だっけ?疲れてバグってんのかあ~…?このケツバンポケモンがよぉ~……』
連日現場に出てる人がまさかこんなに元気で居られるわけがない。明らかに疲れてるはずなのにさ……、と私もむくりと起き上がれば口元を抑えて私を指差す悟。
「すっげーボサボサ。えっ、なにオマエ爆心地に居ました?
葉加瀬太郎?大泉洋?それともミステリの整くん?ボーボボ……あっパパイヤ鈴木!」
『……チッ!そこまでアフロってねえだろ、誰がここまでモジャモジャにしたんだ、ぶっ殺すぞ?』
手ぐしで少し整えながらに睨めば彼は足元でスリッパを揃えて「ささっ!葉加瀬太郎さんこちらをお履き下さい!」と調子こいていた。やり返したいけど悟の髪はふんわりして手ぐしでササッと直せてしまう人。ぐしゃぐしゃにならないのがムカ…羨ましいポイントなんですよね。
小さく苛立ちながらも『……ありがと』とお礼を言って揃えられたスリッパを履く私の頭上。
彼からとんでもない一言が降ってきて、足元から視線を上げずには居られなかった。