第32章 御三家
306.
男に腕を掴まれた私。ぐい、と引き込まれて人ひとり分空けられた障子がかたん、と私を部屋に入れた後に閉められて……。
電気の付けられていない、日中の部屋は障子越しの陽の光しか差し込まない。部屋は個室というか、空き部屋っていうか。その中でただ男と私のふたりきりになってる。
頭の中で警告音がする。
禪院家、ふたりっきり、密室……。この人が絶対に悪い人だという事も良い人だって言うこともまだ何も分からないけれど、少なくともこう密室に連れ込む、というのは良い人はしない行為。悟との関係を知っているのなら尚更。
……警戒はするよ、もちろん。数々の嫌な事を経験してるから……、例え禪院家の誰かだっていっても手を出さない保証は無いのだし。
焦らず、興奮せず。相手の気を立てないように、なるべく落ち着いて声を低く直哉をじろりと見る。
『……なんの用です?』
目を大きく開き、すぐにその瞳を細めて笑う男。
「おー、おー。そないおっかない目ぇして、普通睨む~?俺はここの家のモン、禪院直哉っちゅうんだけど……」
両手を挙げて「コーサン!そう睨まんといてや」と大げさに言う直哉。
直哉、直哉……あー…さっき聞いた名前だな。この人が来ないから会議が始まらないのでは?はあ、と呆れつつため息が出て私が行こうとしてた方向を指差す。
『直哉さんってあなたの事でしたか。ええと、直哉さんが来なくて会議が始まらないってあなた方の当主の直毘人さんも言ってましたよ、ほらこんな所でサボってないで行きますよ』
サボりに付き合わされてたまるか、悟だけでそういうのは十分です!
呆れてはあ、とため息と共に肩の強張った力が少しだけ抜ける。それでもまだふたりきりだし、警戒はしてるんだけど。
直哉は面倒くさそうな顔をして首の後ろをポリポリ掻いていた。
「えー?なんや、あのクッソダルくて男ばっかでむっさい会議出てもなんも面白みないやろ?それより、悟君の嫁さんがどんな人かなーって見たかったんやけどな……?」
顎に手を当てながらまじまじと私を覗き込むように真剣な顔で見てくる直哉。仰け反りながら、私は一歩後退りして障子の方に背を向けて接近を止めさせる。
──なにこの人!距離感おかしいんですけどっ!
避けられるとは思ってなかったのか、眉を下げた直哉。わざとらしく大きなため息を吐いて、肩を竦めて。