第30章 彼と共に彼を待つ
コートの内側を開き、悟の背から片腕ずつ通させて、自ら着るのを促して。
なんか喜んでるな……、とは感じてるけれどマフラーも巻いている時も大人しく巻かせてくれる。いつもこう静かだといいけれど騒がしい悟に物足りなさを感じた。
クラスのいつも騒がしいガキ大将が室内に居るのに腹でも抑えて青白くなりながら黙ってるみたいなさ。いや、悟、青白くも腹を抱えてるワケでもないけれど。
『……どうした?すっごい静かだけど。悟の中身今日違う人でも入ってる?』
「んもー…何それ?」
『えー?なに、赤トラの猫にオリオンって名前付けて首輪に大事なものを隠したり?』
「メン・イン・ブラックかよ、僕のGLGな頭脳には操縦室なんて入ってねえけど?僕、100%五条悟ホンモノでっす」
『アッ大丈夫だった、普段通り気が触れてらっしゃる…』
「……悟君のフェンシングのお相手させんぞ?」
いつまでも馬鹿やってないでさあ…『はいはい』と軽くあしらい、はい、と防寒対策を終えた悟を見上げる。少し屈んでどうせすぐに帰ってくるだろうけれどいってらっしゃい、の優しいキスをして。
「すぐに帰るよ!」そう背中を見せた悟は片手をひらひらと振って玄関を出る。
『ん、いってらー!いくらムカつくからって相手を殴るんじゃないぞー』
閉まるドアと時計を確認した私。
一緒にご飯を作るなら下準備くらいはしてすぐに作れるように、くらいはしておこうかな~?
──その日、いくら待てども、日を跨ごうとも。彼は結局部屋に帰って来ることはなかった。