第30章 彼と共に彼を待つ
『……悟、むやみに人は殺さないで』
呪術師は呪いを祓うもの。暗殺者だとか殺し屋じゃないのだし。
私は一度、触れた手の先で生と死を繰り返した男を知ってる。それは強制された実験だったとはいえ、それで人が死ぬのを間近に感じた。治しきれなかったから殺した、とも言える。
そして、私が関わった事で数人死者も出てるという事も。祖母については残念だった。リベルタのボスに殺された。けれどもカワグチ組の数人は悟が直接手を汚して命を奪ってる。
『殺しちゃ、駄目だかんね?』
念を押すように悟の頭頂部をじっと見て繰り返す。ふわ…っ、と揺れる髪、肩で彼は笑ってた。
「すっげえ殺したいけど。オマエがそう何度も言うのなら我慢する。でも、殺さずとも文句を言いに行くくらいは良いだろ?」
むく、と顔を上げた悟は口元は笑ってはいたけれど、その澄んだ瞳は目は笑っちゃいなかった。あー…すっごいキレてる。
別に怒るなとは言わないし、文句は言ったって良い。私や伊地知が嫌と言っても上は強制させたのは事実だし。
だから頷く。文句に言いに行くのは良いよって。
『文句を言いに行くだけだかんね?』
「はーい!……しかし、拘束してたとはいえ、コトリバコ案件とはねー……。ほんっと、オマエや赤ちゃんが無事で良かったよ。
前の写真より大きくなってて、身体がちょっとだけ出来てきててさ~…ちっちゃくぴこぴこ動いてたね、小さな命の証がさ?」
元気そうにしてた私のお腹の中の子。勾玉みたいな形でそのエコー画像の中で瞬くようにピコピコと動くモノ。
ああ、私があんなにも暴力を受け、寒空を歩き、危ない尋問を悟なしで受けていても、この中に居る子は力強く成長してる。直接見えず、感じないその小さな鼓動がとてもたくましくも感じた。
さっきまで怒ってた悟も再びにこにこと嬉しそうに笑ってる。怒りを収めるほどに子供の成長が嬉しいのはいい事。
『……絶対に、絶対に悟の子を産むからね?』
きっと彼に似て強い子なんだ。私自身が嫌がらせを受けても、元気に産めるように日々気を付けなくっちゃ。
もう、二週間という出張から彼が帰ってきたのだから寂しくなる事もないって安心感が戻って来てる。
ふふ、と私も彼の喜びの笑みが移っちゃった。