第30章 彼と共に彼を待つ
部屋に戻ってドアがしまった瞬間には、いつものように一緒に出掛けてたのにも関わらずルーティンが始まる。
すぐに握ってた手が私の手から背に回されると、その腕に引き寄せられてぎゅっと悟に抱き寄せられて。至近距離の中で笑窪を作る微笑み。ルーティンの前にお喋りな彼だから唇が良く動く。
「はーい!改めまして!ただいま&おかえりのちゅう!」
『んっ、』
かぷっ、と少しがっつき目なキスをするだけして、余韻を残さず離れていった唇。抱き寄せる腕から開放されて硬直する私を置いて、足早に買い物袋をガサガサ鳴らしながら室内に入っていく彼。
……がっついた割にはキスはあっさりだったな、と足元を見れば、急いでたせいもあり脱ぎ散らかした靴。
……色々考えてるようで考えてないのかなあ、私が勝手に悟を高評価してただけか…。
しゃあねえな……と揃えて私も靴を脱ぎ、そこでぐるぐる巻きなマフラーを解いていく。
キッチン方面から買ったものをしまってるのか、時折ビニールの音と冷蔵庫や戸棚のドアの開閉音が玄関まで聴こえた。
うん…外から帰ってきたのだし、手洗いうがいしとこ。
洗面所で手洗いうがいを済ませてタオルで拭いているとドタドタと駆け寄ってくる足音。背筋をピンとして敬礼する悟。
「隊長!食料品全部収納しました!」
『エクセレント!よし、褒めてつかわそう、敬礼、直れ!』
「ハイ、ヨロコンデー!」
グッ、とサムズアップして洗面所前から去ると悟も手洗いから済ませていく散歩帰りのポメラニアン。何をするにもそのひとつひとつが幸せそうだなあ。
ご飯の準備をふたりでする前に、お茶でも飲もう。
うがいをしようとカップを持ってる悟に「先キッチン行ってるね、」と行って先に洗面所から移動して。お湯を沸かして。
椅子を引いて座り、机の上にちょこんと座るサトールがつぶらな瞳で見上げていて微笑ましい。
私とサトールは待つ。今言おう、と心に決めて。悟がここに来るのとお湯が沸くのを待ちながら。
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これまでの幸せそうな笑顔は真剣な表情となり、私が話し終わる頃には怒りさえも感じる目の前で頬杖をする悟。机の下からさわさわと衣擦れの音、脚を揺すって態度で苛立ってるのが見て取れる。
「それ…マジ?」
『うん、マジです。以上が悟が海外出張に行ってる時にあった事なんだけど……』