第30章 彼と共に彼を待つ
『……うん…うん…っ、私も、幸せだよ、悟と、一緒にすごせんの、すき!』
嬉しいなって思った瞬間に、今までの寂しいだとかつまんないっていう二週間分の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。小さな音を立ててぽた、と落ちた雫に驚くのはシートベルトに固定されたサトール。もぞ、と僅かに身を捩って見上げてるそのつぶらな瞳がにじむ世界にもはっきりと分かった。
……幸せではあるけれど不安でもある。ついこの前まで一般人として生きてきた非術師だったのに、あれやこれやとこの人と出逢ってからがあまりにも速かった。
今じゃ彼と一緒に生きながら、毎日に思い出を作りながらも自分たちの二世をもこうして孕んでしまって。
……ちゃんと育っているのかな、産めるのかな。育てていけるのかな、悪い人に掻っ攫われないように守りきれるかな…。私の体調で栄養を必要な分摂れているのかな、生まれる前に死んでしまわないかな……?
抱える不安はものすごくあるけれど、それに押しつぶされないように崩れないよう支えてくれるような確かな幸せが私にはあったんだ。
悟には離れて欲しくない、出来るだけ側に居て欲しい。泣きながらに私はそっと彼の脇腹辺りの服を掴んだ。
ちら、と信号を確認した悟は私から前方へと向き直って片手が私の頭上へと伸ばしてくる。ぽふっ、と乗せた後に優しく撫でる大きな手。何度も頬を伝う熱いものが流れてく様を見て、彼は微笑んでいる。
「マタニティ・ブルーだねえ…、僕が居ない間撫でてあげられなかった分の前払いです。ちょっとだけどこれで落ち着いてくれると良いな。あとでいっぱい甘やかして上げるから今は辛抱だよ、辛抱」
『……っ、ゔんっ…、』
「……フフッ、極力オマエを泣かせたくないけどさ?今のハルカの涙は僕、好きだよ?泣くのなら悲しみで流す涙よりも幸せな涙が一番だ」
近付く病院まで残り五分と掛からない。不安だらけの心。その重い荷物を半分抱えるように、服を掴む私の手に重なる撫でていた手。彼はそっと私の上から握ってくれて少しカサカサした手のひらと暖かな体温が優しすぎて、落ち着くどころか余計にボロボロと泣けてしまった。