第30章 彼と共に彼を待つ
「……ええ、まあ。電話越しにですが随分とはしゃいでおりましたよ、軽薄で口の軽い人ですからね、あの方は……黙っていろというのが無理なのでしょう。
ああ、そうでした。ハルカさん、ご懐妊、おめでとうございます」
『ありがとうございます……。
まあ、悟に黙れってのは難しい問題ですもんねー…狗巻先輩に呪言で"黙れ"って言ってもへっちゃらそうですし…』
「ええ、あの人には無理でしょうね。口に手足の生えた方ですから…」
口に手足……その言い方は面白いけれど。
脳裏に出てくるのは明らかにモンスターなんだよなあ~……。
『……モルボル的な?特級だしモルボルグレート』
「別に五条さん臭くはないでしょう」
『アッ知ってるんだー!七海さんでもゲームはするんですねえ~…意外や意外』
「……」
黙ってサングラスの両端を片手、指先で抑える七海。
……流産のリスクもあるし、初めて故にきちんとお腹の中で成長出来るか不安定で。安定するまではあちこち言いたくはなかったけどさ。悟の性格上、嬉しくなったらそうやって言いまわっちゃうのは目に見えてた。
どうあがいても嬉しそうにあちことに「僕ねー、パパになったの!秋には生まれるんだよ!」とか言ってそう……でも彼が嬉しいのなら、私だって嬉しいもので。仕方ないか~…とため息をつき、もう一度携帯で時間を確認した。
そろそろ寮に戻ろう。午前中に医務室召喚はあったけれど、本日の午後は暇だった。暇すぎでこうやって寝ちゃうほどにね…。
携帯を机に置き、こっちを静かに見てる七海を見る。私がここに居る限りずっと居そうな気さえもするし。
『心配掛けてすみません。私はこのまま部屋に戻ります』
取り出した本を元の場所に戻したら帰ろう。ギッ、と静かな室内に私の膝裏で押した椅子の音が煩く響いたら、「私もそちらの本、戻しましょう」と手伝ってくれた七海。
たった五冊程度だけれど、それらを戻し終えた後に机の上に置いた携帯をしまい、サトールを私は抱えて。
「……ハルカさん、貴女自身もお腹の子もお大事になさってくださいね。部屋まで送りましょうか?」
『いえ、流石に大丈夫ですよ、気持ちだけで充分。七海さんもお疲れ様です』
きっと任務の報告に高専に寄ったんだろう七海。彼に挨拶をして、夕日差し込む静かな室内から出た私達は「それでは」と、別々の方向へと足を進めた。