第30章 彼と共に彼を待つ
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「では、私はこの辺で。おふたりとも本当にお疲れ様でした」
そう頭を軽く下げた伊地知は忙しそうに小走りに去っていく。携帯のデータがあるからそれを見ながら纏める作業があるんでしょ……、その去っていく背中に『お疲れ様でした』と声を掛けて、振り向く伊地知はぺこ、ともう一度頭を下げて来た道を戻っていく。
薄暗い地下の、ヤタベを隔離していた場所から外へと出れば、外の自然光が眩しくて。拷問で気が滅入った訳じゃないけれど気分が良いワケじゃない。胸くそが悪い……何年も掛けて作って居たとはいえ、人の命で呪物を作って売り払ってたんだ。
彼を痛めつけても、私が失ったものを呪物にされた当該者ではないし、私は敵を取るヒーローでも執行人というわけでもないし…ヤタベに痛みを残しても誰も救われないし。
これ以上、自分の身の中にあるような陽の光を浴びるだろう小さな命を、ヤタベのような呪詛師や呪物職人に狙われる事を防げた、というなら良い方だけどさ……。
『はあー……』
「………あっ、ハルカさん!自販機、寄って行きましょう?緊張してたみたいだし、ほら…っ!」
乙骨がわざわざ笑顔を振りまきこの落ち込んだ気分を紛らわせようとしてるのは分かる。確かに、気持ちは切り替えたいな…。私はへらへらと笑う乙骨にうん、と頷いた。
高専内の自販機前で乙骨とふたり、飲み物を片手に自販機に体を少し預けるようにして凭れる。伊地知にあずけていたサトールは今は私の腕の中に。片腕で引き寄せ腕と胸に挟まる悟そっくりなキュートなぬいぐるみを抱えてるけど、呪骸であるサトールは時折もぞ、と動くものの静かに抱えられたままでいてくれる。
私はホットココアを。乙骨はホットカフェオレを手にカシュッ、と音を立てて乙骨、私の順にプルタブを起こした。
『……乙骨パイセンは尋問の経験がおありで?』
ちら、と隣の彼を見て両手で持ったココアをまず一口飲む。手に感じる熱さは口では適温。冷たい手を温める為に手全体で包み込むように缶に触れた。
乙骨がまた口をつけていない小さな飲み口からゆらゆらと暖かそうな蒸気が上へと昇り揺れている。
私の質問に隣の乙骨が間を開けて。視線は一度合ったけれどそのままゆっくりと彼は天井をぼうっと見て。同じくゆっくりとした動きで乙骨はこちらを向いた。