第30章 彼と共に彼を待つ
片手でよすよす、と手触りの良い生地を撫でると表情の変わらない悟そっくりなぬいぐるみは「ヌ」とだけ短い言葉を出して、何故か見守ってくれているのだと安心感が湧く。この子自体に私自身を守れる機能は無い、不審者に遭遇した!とか悟の携帯に通報が出来ても、襲いかかってきた人や呪いに対して傷つけたり術式を使うだとか何か出来るわけではないけれど。悟が学長に頼んで、学長から渡された呪骸は小さくても側で心の支えになってくれてるのは確実。
……日常生活で悪戯が多いのは元になった悟らしいけど。
「そろそろです」
ヒサカイの時は厳重にドア前に人が二人居たのに、今回はドア前に一人だけ。伊地知はその見張りに「お疲れ様です」と挨拶を交わした後に立ち止まり、ポケットからジャラ、と鍵を取り出してる。
鍵束からひとつを手に伊地知は鍵穴にそれを差し込む。かたん、という施錠が解かれた音とドアノブを手にドアを開ければ以前見た、ヒサカイが座っていた椅子に知らない男がひとり拘束されている。
ついに尋問で私が痛めつけては回復を繰り返す、拷問官のような事をするようになるんだ……。
固唾を呑んで室内に入れば、伊地知はドアをばたん、と締めて内側から鍵を締めていた。