第29章 赤い糸で繋がっているもの
……普通に生きていきたい、普通が恋しい。戻れるのなら、彼を知らなかった日常に帰りたい…この呪われた普通の裏側の世界に入ってから、本気の恋を知ってしまったからその恋も愛も知らなかった事にしたい。
泣きそうだった。目が潤めば鼻も出る。すすりつつポケットからティッシュを取り出して鼻をかんで。ひたすら歩けばきっと帰り道が分からなくなる。それでもいいって、とりあえずどこでも良いから暖かい建物に入ろうって思った。
──普通の目立たない非術師のように、昔みたいにお店で洋服を見た。
そして可愛らしい雑貨屋に入って、商魂たくましくバレンタインデーに向けた宣伝を見て、商品をひとつひとつ手にとって、今は渡す相手を想うだとかそんな気にならなくて買わずにウインドウショッピングをして。
ちょっとマニアックな店に入ったよ。興味本位にウインドウショッピングのつもりで入った塩専門店。これは良いものだ、と変わり種な塩を買ってしまった。荷物としてかさばらないし、コートのポケットに入るし。
ペットショップにも行った。ハムスターとかインコとかありがちな小動物に、珍しいモモンガだとかイグアナだとか色々みて回った。犬や猫もガラス越しに眺めて活発的な犬とずっと眠ってる猫の小さな姿に今だけは少しだけ悩みを考えなくて良いって癒やされて。
……でも、ひとりなのに、こうして普通を演じているのにどうしても頭の片隅に背が高く白髪の男がすぐ隣に居るような気がして、なにもない斜め上を私は度々見上げてしまった。
どれくらい自分の時間を持ってなかったんだろう?
あまりにも久しぶりすぎる自由に感激した。そしてのんびりとカフェで暖かいジンジャーレモンティーでゆっくりして、薄暗くなって日中から寒空へと変わりつつある外へと出る。
『………はあ』
……帰るって連絡してないけど。多分、私の存在を気付いてただろうけど。悟からの連絡は携帯に来てない。音消しじゃなくて音が鳴るようにしてる。だからこそ、悟自身が何してたか分かってるんだ…分かっていて、堂々と遊んでたんだ……。
心寂しくなってとぼとぼと歩道に積もり始めた雪を踏みしめる。歩行者達に踏まれた雪はすぐに解けて路面のタイルにたくさんの足跡を着けていた。その黒っぽい靴跡にまた空から雪が舞い落ちては少しずつ隠してる。
そろそろ、私の帰る場所を決めなくちゃ……。