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【呪術廻戦】白銀の鎹【五条悟】

第29章 赤い糸で繋がっているもの


276.

気付けば私はその場の光景を信じたくなくて、衝動的に走り出していた。ここがどこだか分からなくても彼の視線に入らないくらいに、見つからず決して追われないくらいにどこか遠くへと逃げ出したくて。

──信じられない光景、だった。
任務に出ているハズの悟を偶然見たのは明らかな浮気現場。悟の愛情は私だけに向けられていなかった。全ての関係を切ったのだと安心してて、でも心のどこかで怪しんでた私は確かに居たよ?その隠れた心の私が男女睦まじくラブホテルから出てきた姿を見て毒突いてる、"そらみろ"って。

いつも通りで不安定な心じゃなければ強気に彼に迫れた。その女は何?真っ昼間から何してんの?それくらいは言ってたと思う……けれど、今は完全に心が安定してるわけじゃない。
心が揺れた、彼の事を信じてたのに。信じてた彼に裏切られて胸の奥がきゅう、と締め付けられるのを感じながら体力の続くままに全力で走った。

人通りの少なかった場所から交通量も歩行者の多い通りに出て。肩を上下して、呼吸を整えながらひとりポクポクと歩く。行き先なんて特に無い、ただなるべく人の多い通りなら襲われないハズって。近付く呪いは低級程度で私に触れては呪力で燃え尽きて勝手に祓われていく。だから低級程度なら普通にしてても非術師として振る舞える。

……なんか。こう、誰かと一緒に居ない、ひとりで過ごす街中が久しぶりで新鮮なんだけど。
ずっと悟に束縛されて、出逢ったあの日を境に呪術界、いや高専からひとりで行動するなと言われてたのにこんな街中でひとり歩くのはとても久しぶりで。悲しいのに胸が踊ってしまった。非術師だった去年のあの頃に戻ったみたい。

好きな行動が出来る、まるで首輪を外された飼い犬みたいに世界がとてもとても広く感じる。
もしかしたら。私の母は例え寿命を縮めてでもこういう世界で私を生かしたかったのかもしれないな、そんな事が頭をよぎる。思わず立ち止まって、本来ならまだ明るい上空は、雪を抱えていて薄暗くなってきてた。

『……自由、だ』

口元を隠すマフラーでその言葉は小さく聞こえる。周りに人が行き交う中できっと私の自由に感激した言葉は誰の耳にも届いていない。
空からぱらぱらと小雪が降ってて、私はコートのフードをかぶった。マフラーで覆われてない部分にフードの内側についた、小さな雪解けの雫が肌に触れて冷たい。
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