第29章 赤い糸で繋がっているもの
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それは医務室での残業中だった。今日の解剖結果を纏めているとスマホが鳴っていて、放っておくにも相手にもよるしな…と画面を確認しようと思って。私のスマホの画面には"ハルカ"という名前が表示していた。
……何かあったか?
そう思いながらパソコンでの仕事から彼女への通話に切り替える。
五条と違い苗字が同じとはいえ変に馬鹿げた電話をする子じゃない。それに仕事を持ってくるわけでもない。ハルカ自体になにかあったんだろうって耳に当てて。
「ハルカか?何かあった?」
『硝子さん!』
私が出た瞬間は明るい声色だったけれど、すぐに彼女は何か言いにくそうに口ごもってる。
間隔を空けながらもぽつりぽつりと言葉を出す声は明らかに動揺していた。
……どうやら妊娠検査薬を使用し、陽性が出たのだと。
それはそれで良いんじゃないのか?以前、五条から聞いてる、ハルカが今度ヘマしたら学生を辞めて貰って家庭に入らせると(高専での医務や事務を希望するならさせて)
それから妻としての本分、身篭らせると。実際に一度死んだらしい彼女が昏睡状態から醒めた時、アイツは私が居る中でも堂々と産休にさせると宣言してたし。おめでたい事じゃん。
宣言してから約一ヶ月、いや二ヶ月経とうとしてたくらいかな?
別に私が五条に手を付けられたワケじゃないけど聞くに十代に、猿のように盛ってたとも聞いてる。有象無象の女に手を出してるようなその下半身男が、たったひとりに執着してたらどうなるか、なんてお見通しだよね。回数が全てじゃなくタイミングの問題だろうけどさ、宣言して割と早めに受精卵が着床した方か。
仕事って気分は失せて、視線を目の前から戸棚の本の背表紙に映した。妊娠は初めてだろうし色々不安で私に電話してきたって事かな、この電話は。
根詰めてたし丁度気分転換になる。ハルカの相談に乗ろう。
……五条家に嫁いだ彼女の妊娠は不安なのはしょうがないとして、それはおめでたい事だと言うのに、電話の主の声色はちっとも嬉しそうではない。むしろ、悲しんでいるというか、絶望してるというか……。