第28章 想定外
『浴室の、いや脱衣所のどこかにさっきのやつらに指輪を投げ捨てられてるんだけど……』
「えー?そんなのまた買えば良いでしょっ!指輪くらい諦めなさい」
こんな時でもふざけてぷくっと頬を膨らませ「めっ!」と私の我儘を速攻却下した悟。
……そう言うと思ったよ。子供に言い聞かせるように私にそう言うけれど。私だって、思い出の詰まっていなかったら後で買い換えれば良いって思う。でもさ、そう簡単に出来ない思い出が詰まった大切な宝物だったから譲れないものなんだよ。
じっと彼を見上げてもう一度、強く頼み込んだ。どうしても取り返したいんだって。
『指輪そのものは買えば良いけど、思い出の詰まった指輪はあれだけ。今日までの日々を過ごし、沖縄の夜の浜辺を共にしたものはあれだけなんだよ……?買い替えたらその新しいものには悟に浜辺でプロポーズされた思い出を知らないただの指輪なんだよ…?』
ね?と両手を合わせて見上げると、観念したのか眉を下げて小さく悟は笑う。
「……しょうがないなあ。それを言われたら断れないよね~……じゃあ取られたもの取り返しに行こうか?」
『…ありがと!』
片手で頭をジャリジャリと掻いた悟はにこ、と笑う。もう片手にヒサカイを縛るロープを掴み、男一人を買い物袋を下げるように持って。
このカワグチ組の管理下であるバーだか裏方だかにあまり長居はしたくない、場所を知ってる私は素足で駆けていき、その私の背後から悟も着いてきてる。
『ここっ!すぐに見つけ出すからっ!』
ガラ!と勢いよくドアを開けやってきた脱衣所には、さっきまでと変わらない痕跡のまま。嫌な思いをした痕跡もあちこち残ってて、その光景がフラッシュバックして吐きそうにもなった。でも、それでトラウマがあるからって諦めたくないくらいに、それらの思い出をカバー出来るくらいにとても大事な思い出を彼と共に過ごしてきた指輪が部屋のどこかにきっとあるはずなんだ…!
脱衣所の床には殴られて傷付いた時に流した血や、見えづらいけれども垂れた精液などが残ってた。籠もった匂いはどうしてもごまかせなくて背を低くして探す私の鼻にほんのりとその死んだやつらの最期になった行為の痕跡が届く。
──使用済みのコンドームも乱雑に床や洗面台へと適当に投げ捨てられてるのはどんなに嫌でも視界に入った。それは彼の目にも映ったと思う…だからって隠す時間なんて無い。