第28章 想定外
どっかの席でのワハハ、という楽しげな笑い声。何笑ってんだよ、と思い視線をそこへと動かす前に縦に流れていく視界。強制的に私は床に頭を叩きつけられた。
『…ぐ、ぅ』
ゴン、という音。木材の床であっても痛い、頭蓋骨を割られるんじゃないかってくらいに込められた力。痛みで涙が浮かんだ。
髪を掴んだままに顔を会場の人らに見えるように上げさせられる。もう一度、ガン、と叩きつけられ、また顔を上げさせられてじんじんと痛む額。
……はは、は…痛い。すっごく痛いんだけど…。たんこぶ出来そうだな……このままだとさぁ。額の生暖かいものが流れてくすぐたい。額から眉間、鼻の横を通って血が流れていく。
室内に響く「それくらいで止めとけ」に叩きつけられる事は止められた。髪を掴まれたままに、私を痛めつけるために中断されていた競りは進行していく事となった。
「……大変お見苦しいものを見せてしまいましたが。引き渡し時にはちゃんと綺麗に汚れを落としての引き渡しをさせて頂きます、ので明日からの一年毎の売買をさせて頂きましょう!返却時はハルカのみの返却での貸し出しでしてレンタル中に子供が生まれた場合はお客様のモノとして引き取っても結構です!さあ、始めましょう!」
始まった瞬間にあちこちから挙手される。誰から、という順番なんて関係なくその状態で怒号が飛び交った。
「二年、二年だ。そいつをうちに二年貸せェー!」
「いやこっちだ!こっちは三年、三億で買う!」
「俺が三年で五億出す、三年分その女を寄越せ!」
頭のおかしな競りが始まった。グラスが叩きつけられる音。ガシャン、という甲高い音に視線を向けたら薄明かりにキラキラと反射していた。
私の髪を掴み強制的に顔を上げさせる男が頭上でヘラヘラと笑ってた。私だけに聞こえるように頭上で囁いた男の声は。
「……飛ぶように売れる、とはこの事だな……。
こうも簡単にぽんっ、と億を出すとかどんだけこいつが欲しいんだかよぉー…。競うようにテメエの人生が売られて行くぜ?自由になれる在庫が残れば良いなあ?」
血液とは違う生暖かいものが、つう、と頬に伝って零れる。私の人生はこうやって売られていくのか……。
……私の未来が売られていく中、私は大事な事を思い出した。
髪を掴まれたまま、変態的な格好のまま、抵抗が出来ないままに、どうしてもその約束だけは口に出したくて。