第26章 だから師走というんです
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廃ビルの一階。ドアノブを持つ私の手。「交互に開けてこうぜ!」と虎杖を話し合っての事で私が開ける番。
一度、目立つ呪いを虎杖が祓い終えた通路から、いくつ目かの個室のドアを私が開けるとそれはよくないものなんだって一歩目で分かった。いや、一歩っていうか、部屋での一呼吸と言えば良いのか。
『……うっ、』
鼻をつく臭い。思わず制服の袖で鼻を覆った。
「どったの?」
肩上から虎杖の声。私のすぐ後ろから覗き込んだ虎杖も遅れて「んっ!?」と異変に気が付いたようで。
『これ、良くないね……』
臭うのは死体だとか不法投棄されたゴミとかじゃなくってツンとする塗料の香り。人は中に居ない、呪いは居るけれど。
"良くないもの"とは生きた人間がお天道様の下では堂々と出来ない事をしてる痕跡。呪いのような、一部の限られたものにしか見えないものの恐怖よりも生きた人間がやってる事の方が呪いよりも問題なんじゃないのかなあ。
かちゃ、とドアを全開にして鼻を塞いだままに。虎杖もなんか察して悟は腕を組んでふう、とため息を吐く。
「あの、シンナーとかそういうの?」
『多分……改装するわけでもなく、換気も出来ないし。最近なんじゃないのかなー…』
キツイけど少し時間が経ってるからか入れそう。ただ長居はしたくない。足元にすり寄る、鎹に白銀と呼ばれた玉犬を撫でる。嗅覚が人間以上に鋭い犬にはキツそうであるけれど。
「不良のたまり場になって呪いも溜まればいくら僕らが祓っても悪循環だねえ…これは僕らというより行政が動かないとダメかも。土地の持ち主が解体業者に依頼してくれれば一番なんだけど…」
スン、と鼻を鳴らす悟。振り返ってみれば手の甲で鼻を抑え、小さく「くっせーなこれ」と零した。
『頭アッパラパーになってるようなら治せると思うからさっさとこの部屋終わらそ』
「うん。あーでも序盤でこれだもんなー、他の部屋にも色々あるんだろうなー!」