第23章 突然ですが、さようなら
僕は彼女に安全であると言ってあった。こういう配置にした僕もここならば常に危険と隣合わせの現場よりも裏方であるここ。きっと危険な目に遭うことがないと、だからこそハルカを医務室ではなくこの仮拠点へと連れて来たって言うのに。念の為に彼女以外にひとり常在もさせていた。治療をするに治療対象もずっとここに誰かしら居る……だというのに、葵が来るまで彼女はひとりの状況を作ってしまった。とんでもない不運というか、抜け道というか。そこを襲撃された、と…。
今回、これが硝子であっても似たような、補助監督生に擬態した呪霊の襲撃に遭っていたかもしれない。その場合、長く経験してる分観察眼の鍛えられている硝子は異常に気がつくだろうけど……。
葵の話を聞いた僕と憂太。
「……酷い…、じゃあハルカさんは自分の治療さえも出来ぬままに……」
「そいつは違うぜ、乙骨憂太」
そのやりとりを聞きつつ僕は補助監督生の遺体にシートを被せ直した。
問題の隣のシートにそっと手を伸ばしながらも、まだ捲らなければ期待が出来る分なかなかシートに触れられない僕がいる。戸惑いが隠せないな……。
そんな僕の手より先に葵が追い抜いてシートを掴む。
僕の覚悟よりも先に現実がそこに現れた。
ばさ、と音を立てて膨らみを隠してたシートが捲られる。覚悟の足りない僕の前に見せられた最愛のヒトは。
「……寝てるんでしょ、ハルカ…こんな所で寝てたら風邪、引いちゃわない?」
安らかに寝息が聞こえそうな顔。
すぐさまそれは葵に否定される。
「いや…答えはノーだ。俺がここに来た時に丁度吹っ飛んできてな、それを受け止めた。その時には既にこんな状態だ。痛みに呻く事も言葉を残す暇もなく腕の中で事切れた。
そのまま遺体を放置するわけにはいかん。それで助かるかどうかは不明だがコイツ(新田)に対処をさせた」
肩より上だけが見える状態で捲られたシート。
ベッドの上で寝てるみたいな安らかな顔で毎朝見る彼女みたいだ。ただ、いつもと違うのは唇の端から血が一筋、重力のままに零れ落ちた、赤い線。やや乾いてきてその赤は酸素に触れ、黒に近付きつつあった。