第21章 僕の初恋をキミに教えてあげる
185.
なんの記憶だったのか教えてくれないままに急いで出掛けていった悟。急だったものだからなんだかひとりでご飯食べるのも味気ないもんだなー…と、部屋で夕食を食べ終えて。片付け終えた食卓でグラスを目の前にしてぼーっとしていた。
確かに悟が任務で遅くなるとか、まれに止む終えなく泊まりでの出張で帰って来れないって時もある。そうなるとふたつの一人部屋を貫き、ほぼ私の部屋でふたりがずっと過ごした賑やかで狭い部屋。途端に静かすぎて広い部屋に感じるようになる。
……彼は騒がしいからね。耳が静寂に慣れなくなっちゃったのかもしれない。
何かの記憶が呼び起こされて、慌てるように傑と高専の外へと出かけてしまった悟。その記憶には傑も関係する事だったのかもしれないし、もしくはなにかの相談なのかもしれない。あんな慌てようじゃ相当大切な記憶のはず。
気になるからって私ひとりで着いていくにも個人じゃ出掛けられない、狙われやすい身の上。だからといって誰かを誘ってまで着いていくのも。そもそも悟の良すぎる視力に呪力が捉えられるからバレるだろうし。
気が気じゃない、そわそわする。早く帰って来ないかなあ……悟。
のんびりとコーラを飲もうって思ってザクザク氷を入れていたグラス。あっという間に時間が過ぎていてほとんどの氷が溶けて、透明な液体と黒っぽい液体の曖昧なラインが見える。ひとくちふたくちは飲んだ所で考えにふけってなんだか飲む気が失せちゃった。
ずっと悟の記憶がどんなものなのかを考えていた。なんのヒントもないし、ほぼ妄想のようなもの。
グラスに着いた結露が下に流れ落ち、グラスの底面を縁取るように水溜りが出来てる。
不安な時に考えれば考えるほど良くない事ばかりを思いつく。だって記憶を封じ込める秘密があるのだとしたら、それこそが人にはそうそう言えないような事柄なんじゃないかって。
悪い思考の堂々巡り。目の前のグラスを見て味が薄そうだなー…って思って。せっかくグラスに注いでおいて棄てるのも……気分転換に飲もうって思ってたんだし。
びちゃびちゃのグラスを指先で持ってふたくち飲めば思った通り薄くてあまり美味しくない。指先から手首へと伝って結露の水が流れていくし。
リング状の水たまりに沿うように再びグラスを置いて、健気に飼い主を待つペットみたいに彼の帰りを待った。