第74章 春十六日
アオイはまた、病院へと出掛けて行った。私はというと、空いたスペースに種蒔きだ。勿論、肥料も忘れない。
「あ、そうだ。ハーブも必要だよね。」
倉庫から引っ張り出して来たハーブの種を、潤った畑に撒いていく。そろそろスプリングクーラーが作動する時間。
細かい水が畑に滲み込んでいく。
「風が気持ちいい・・・?」
ん?誰か、病院に入って行った?
偶然目に入った光景。家と畑の間にある通路でいると、病院が見える。その中に入って行った誰か。住人の誰かかなとしか、私は思っていなかった。
ご機嫌で畑に撒かれる水を見ていたら、何故か寒気が走った。虫の知らせと言うか。
疑問に思いつつも、日が傾いて来たので家の中に・・・入らず、病院へと一目散に走って行った私。何故か、気になってしまった。
病院へと飛び込めば・・・私の視界に入って来たのは、鬼の形相をした美人と、無表情のアオイがいた。えっと、これはどんな状況なの?
「だから、私の言う通りにどうして出来ないの。」
「必要ないから。」
「この前の事は許してあげるから、友達でいいって言ってあげてるのよ?どうして私を拒絶するの。」
「必要ないから。」
同じ言葉を繰り返すアオイの声は、機械の様だった。どうしていいか分からず、玄関先で困っていると背後に人の気配がして振り返った。
そこに居たのは、アサドだった。声を立てない様にと人差し指を立てたので、私は頷いた。そして、優し気な目をしてから、病院の中に入って行ったアサド。
躊躇なくこの中に入っていける猛者である。私はハラハラしたまま、その状況を見ているしか出来なかった。
「あんた、誰?って言うか、美人が台無しの顔しているけど自覚してる?」
いきなりの喧嘩腰のアサドに驚く。
余計なお世話だと金切声を上げる美人。そして、顔は般若みたいに怖い。でも、アサドはいたって普通の様子。
「あ~、さっきの撤回する。性格の悪さが顔に滲み出てるし、残念なヤツでしかないわ。」
挑発するかの様に、悪態をつくアサド。美人は激高し、手を振り上げた。でも、咄嗟にその手を掴んだのはアオイだった。
「自ら望んでアイツに股を開いたんだろう?なのに、それまで僕の責任って、どれだけ馬鹿にすれば気が済むんだよ。」
「そ、そんな言い方・・・。」
「事実だろ。」