第73章 春十五日
「な、何よ。だったら、どうだと言うのよ。」
「一秒でも早くこの村から出てってくれる?」
「なっ、何でそんなことを貴女に命令されないといけないのよ。余計なお世話だっ!!?」
「出て行けって言っているのよ。私が言った日本語、理解出来ないの?」
きっと、今の私はいつもの私じゃない。自分でも分かっている。でも、こんな怒りを覚えた私は治め方を知らない。
「こ、こんなぶっ飛んだ女の方がいいって言うの?私の方が何倍もっ!!」
気付いた時には、キエの口をアオイが鷲掴みしていた。
「気が変わった。きっちり通報してやるから付いて来い。」
珍しく荒い言葉遣いのアオイ。
「この村には出禁にして貰う。さぁ、どんな刑罰が与えられるか楽しみにしておけ。」
その後、何かをキエに呟いたアオイだったけれど、私には聞こえなかった。でも、それを聞いたキエは顔を赤くしては押し黙った。
「莉緖、少し待ってて。直ぐに戻る。」
私を一瞥することなくそう言い放っては、キエを連れて病院を出て行った。残された私は、力が抜けてベンチに力なく座り込む。
所在なさげにキョロキョロと視線を彷徨わせていると、割れた窓ガラスも壊されたものも全て元通りになっていた。その事には安堵する。
ただ、床には水たまり。どうして、アオイは水を浴びせられたのだろう?どうしてあんな・・・。ヨロヨロと立ち上がり、モップを持って来ては床を磨いた。
「アオイ・・・。」
「呼んだ?」
「アオイっ!!」
咄嗟に抱き付くと、変わらずに抱き締めてくれた。
「あ、そう言えば、僕はずぶ濡れだった。ごめん・・・でも、もう少しだけこのまま抱き締めてていいかな。」
「うん。」
しかし、誰かの頼りない腹の虫が鳴った。
「ごめん・・・緊張感ないね、僕って。」
「ううん。帰ろう?」
「うん。」
家に戻ると、直ぐに浴室へとアオイを押し込み、私は少し遅くなった昼食の用意。スープを温め直していると、いつものアオイがキッチンに現れた。
背後から私に抱き付き、鍋の中を覗き込む。
「いい匂い。あ、お花飾ったんだね。一段と華やかになった。いい香り。」
「畑で綺麗に咲いていたから。・・・アオイ?」
「幸せを・・・噛み締めていただけだよ。今の僕には、莉緖がいる。その事が堪らなく嬉しくて・・・幸せだなって実感してる。」