第73章 春十五日
女の子は最後に私を睨み付けてから、逃げる様に走り去って行った。そして、空気感が穏やかになった。
「アオイ先生・・・相変わらず容赦ないな。」
「思い込みの激しい人には、毅然と接しないと。僕に向かって来る分は構いませんが、それが莉緖に向けられるなら話しは別でしょう?」
「まぁ、それもそうだな。あぁ、そうだった。病院の片付けが終わった。確認に来てくれ。」
どうやら、片付けと修繕が終わったらしい。
「アオイ、良かったね。・・・ねぇ、アオイはウチでこのまま居てくれるんだよね?」
「勿論だよ。」
いい笑顔を見せてくれてホッとした。
その後、朝食を取ってからアオイは出掛けて行った。私は畑作業だ。草抜きをしてから、収穫出来る野菜を採って出荷箱に収納していく。
「そう言えば、キノコがいい成長具合だったっけ。」
籠を手にしては、収穫に出向いた。
「うわぁ、すっごく大きく成長してる。これは椎茸、これはエリンギに・・・ん?えっと・・・松茸?松茸って春に・・・ま、まぁ、いいか。収穫しよう。」
軽く籠二つ分山盛りになったキノコを出荷箱にそのまま収納し、少しは冷蔵庫で保管。次が出来る様に手入れもしたし、今後も楽しみだ。
そして、今日は春のお花の収穫もする。幾つかは出荷したが、気に入ったチューリップは家で飾る事にした。花瓶に生ければ、家の中にいい香りが充満していく。
その香りに癒されつつ、昼食用のサンドイッチを製作。特製のチーズやハム、春キャベツなど春の野菜もたくさん使ったものが出来上がった。
「アオイ、まだかなぁ?」
時間は昼を過ぎていた。修繕が終わっての確認だと言っていたけれど、まだ時間が掛かるのかな。
「うん、行っちゃおう。」
病院までは近距離だ。軽い気持ちで病院へと向かえば・・・とんでもない状況が目に飛び込んで来た。
病院内でずぶ濡れのアオイと、荒い息を吐いているキエがいた。一体、何があったのだろう?私はずぶ濡れのアオイにタオルを差し出した。
でも、何処かいつもと違うアオイの様子。タオルはありがとうと受け取ってくれたし、使ってはくれているのだけど何処かぎこちない。
「ねぇ、アオイをずぶ濡れにしたの貴女なの?」
それは私が人生で発した声の中で、一番低いものだった。