第65章 春七日
「いえ・・・騙された私がダメだっただけで・・・。」
「それは違うよ。悪いのは君じゃなく、セトだ。昔から、人の弱いところに付け入るのが美味いヤツだった。」
「・・・ちゃんと話してくれてありがとうございました。」
フラリと立ち上がると、急に足元から崩れ落ちた。その後の意識を私は飛ばしてしまった。
どれくらい意識を失くしていただろう。目を覚ますと、病院のベッドで寝ていた。
「目が覚めたようだね。気分はどうだい?」
「アオイ・・・さん。」
「いいよ、アオイで。それより、頭が痛いとかないかな?」
私は首を横に振る。
「真っすぐに育って来た君には、酷な話しだったよね。配慮が出来なくてごめんね。」
「アオイさんは何も悪くないです。私が・・・っ!?」
優しくてしなやかな手が、私の頭を撫でる。
「何も恥じることはないし、自分を卑下しなくていい。大丈夫、君は可愛いし素直な女の子だ。あんな奴よりずっといい恋人が出来るよ。」
起き上がると家まで送ってくれた。
「ここが、君の家?この畑も?素晴らしいな。」
妙なテンションが入ったアオイ。
「僕がこの村を選んだのは、亡くなった祖母が住んでいた村だったからなんだ。穏やかでとても優しくて、でもバイタリティーのあるお茶目で可愛い祖母だった。」
「大好きだったのですね。」
「うん、大切な家族だった。僕には祖母しかいなかったし、医学の勉強を町でしている時に・・・。」
一瞬、寂しそうな目をしたアオイ。
「アオイさんは、宿屋で住まわれるんですか?」
「えっ?あ、病院でいいかなって思ってる。狭いけど、男一人だしどうにでもなるだろうから。ただ・・・大抵のことは出来るんだけど、料理だけは壊滅なんだよね。その事があったから、僕は天狗にならなかったのだと思うんだけど。あっ、そう言えば朝から何も食べてなかった。」
私は差し入れを持っていたことを思い出し、事情を話して二人で家前のテーブル席で一緒に食べることにした。
そして、さっきから過剰に誉めてくれる。
が、途中で手が止まった。
「アオイさん?」
「これは、言うかどうか迷ったけど、やっぱり言っておくよ。」
真剣な目をしたアオイが、私を見た。
「多分だけど・・・セトは、君のこと諦めてないと思う。」
「えっ?どうしてですか?」
「君に経験がないから。」