第63章 春五日
「で、でも・・・。」
「莉緖は何も悪くない。それに、他の住民の為にも甘やかすな。みんなの為だ。」
「うん。」
「それより、いい匂いしてる弁当食べたい。」
二人で食事を取っては、アオイの片付けを手伝い夕刻前に家へと帰った。すると、家の前に人の姿。それは、マホさんだった。
「アオイ先生、お世話になりました。莉緖も迷惑を掛けて悪かったね。」
「どうぞ、折角ですから中に。お茶でも淹れます。」
「いや、直ぐに戻らないといけないから。」
マホさんは、お詫びと状況を話してくれた。
レイチェルは父方の祖父母の家で、面倒を見て貰う事にしたらしい。この村よりもっと自然が豊富な村とのこと。今、ゴッホさんが連れて行っている様だ。
「マホさん、この野菜良かったら・・・。」
「それは私には・・・。」
「お客さんの為です。だから、明日からもウチの野菜を使って下さい。」
マホさんは深々と頭を下げ、私が差し出した野菜を受け取った。代理で宿屋を任せているらしく、マホさんは直ぐに帰って行った。
「良かったんだよね?」
「あぁ、これでいい。」
私は、ただ・・・アオイと穏やかに過ごしたいだけ。
「もう心配ない。悪さをする観光客は、迅速にお引き取り頂くことになった。まぁ、俺の莉緖は可愛いからなぁ。良からぬ真似をしようとする輩は今後も現れるだろうが・・・俺がとびきり痛いお仕置きを考えているから安心しろ。」
「うん・・・。」
「元気出せ。莉緖の傍には俺がいる。安心しろ。」
大きな手が、優しく私の頭を撫でた。
夕食後、入浴の中ぼんやりと思い出す。凄い剣幕で私を罵ったレイチェルの顔。そして、フト窓を見た。
そこに赤い色は見えない。でも、急に怖くなって早々に浴室から出た。
寝室に戻ると、アオイの姿がない。キッチンにも作業場にも姿がない。泣きそうになっていると、外から声が聞こえて来た。
勢いよく外へと出てみれば、そこにいたのはアオイとシアンだった。そして、少し離れたところにノルドがいた。思わずアオイに駆け寄ってしがみつく。
「あ、莉緖。風呂出たのか。」
「うん。何かあったの?」
「あ~、うん、まぁ・・・。」
何か煮え切らない口調。いつものアオイらしくない。代わりに答えてくれたのは、シアンだった。