第61章 春三日
「ん?さぁ、どうだったかよく覚えてないな。ただ、宿屋の出荷を取りやめる事だけは聞いた。後で大変な事になるだろうな。」
「大変な事?」
「宿屋での食事をしたのは一回だけだったけど、あの野菜は全部莉緖の畑のものだと聞いた。他の客も美味しいって誉めてたよ。その材料が全て無いとなれば、女将さん大激怒だろうな。ん、このサンドイッチ美味い。」
何でもない様に話してくれたけど、ウチの野菜を誉めてくれていたのは嬉しかった。
「ほら、早く食べないと俺が全部食べてしまうぞ?」
「あ、ダメ。」
サンドイッチを食べ終わった頃、病院前で誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。何か切羽詰まった声だ。急患だろか?
アオイが病院のドアの鍵を開ければ、飛び込んで来たのはマホさんだった。顔色が悪く見える。アオイの背後にいた私を見て、マホさんは頭を下げた。土下座せんばかりの勢いである。
そして、マホさんの後ろには顔を真っ赤に腫らせたレイチェルさん。えっと、これはどういう状況?
「ウチのレイチェルが本当にごめんなさい!!罰として三発殴って、一ヵ月タダ働きにしたの。それでも気持ちが収まらないのなら何でも言って頂戴。どんな罰でも受けさせるわ。だから、どうか野菜をウチに卸して欲しいの。」
昨晩から泊っていたお客さんが、今日の昼に出した野菜が急遽村の商店で買ったもので代用して不評を買ったのだと聞かされた。
村の商店の野菜は品質が低いものだ。ウチの極めた高品質の野菜とは雲泥の差。それを、低品質と同じ価格で提供していたんだ。同じ村に住む仲間としての金額設定だ。
「でも、悪いなんて本人は思ってないようですけど。」
さっきから、仏頂面のレイチェルさん。合間に、私を睨んだりしているくらいだし。
「レイチェルさんは言いましたよ?ウチの野菜なんかなくても何も困らないって。だから、それが本当か確かめて下さい。それが私からの罰です。」
この世の終わりの顔をしたマホさんだったが、直ぐにキッとレイチェルさんを睨みつけて病院から引きずって行った。
きっと、今から村の農家に話しをしに行くのだろう。基本、村の農家はそれぞれの提携先と一般の出荷の二種類がある。
決まりとして、提携先のみの出荷は認めらていない。一般の出荷のみはルール違反にはならないけれど。それは農家に対する救済案みたいなものだ。
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