第3章 チェイスの賢い始め方※
「ウェルシュ」
数分後。
シャワー室から出て私を呼ぶ彼に目を向けた瞬間、その嫌な過去にスコッチが重なった。
必要最低限しか身に付けていないタオルのせいで、不可抗力で見える引き締まった体に、普通であればときめくのだろうけど。
私のバスローブの中の肌は総毛立ち、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
「どうして突然、そういう気になったかだけ・・・聞いても良いか?」
タオルで無造作に髪の毛を拭きながら、彼はベッドに座る私の隣へと腰掛けた。
「・・・別に、深い意味は無いわ」
「そうか」
彼の体重で沈んだベッドに、恐怖のような感情を煽られた。
途端に呼吸が苦しくなり、視界もぐるぐると回るようで。
それでも、声は震えないように何とか体に力を入れて質問に答えた。
「・・・ウェルシュ」
ただのコードネーム。
それで何度も呼ばれる度、私が私でなくなっていくようだった。
・・・いや、寧ろ今はその方が都合が良いかもしれない。
私でないまま・・・。
このまま・・・。
「・・・!」
硬直し切った体のまま、どこを見つめていたわけでもない視線は、突然スコッチへと向けられた。
それは、彼が私の頬へと手を伸ばし、触れたからで。
「・・・っ・・・」
・・・怖い。
彼の目は穏やかで、全てを受け入れてくれるようだったけど。
頬に触れるだけで男だと分かるその手が・・・怖くて、たまらなかった。
体はピクリとも動かず、呼吸がかろうじてできている状態。
震えては駄目だと、拳を血が滲みそうな程、強く強く握った。
「・・・できれば、目は閉じていてほしいけど」
ふと近付いてくるスコッチの顔に、何をされるのか察しはしたけれど。
どうしていればいいのか分からず、ジッと彼の目を見ていてしまったせいで、そう言われてしまった。
「・・・意外ね」
初めてだと・・・気付かれては駄目だ。
そんな潔白な人間が、この組織にいるはずがない。
スコッチにそんな事がバレたら・・・バーボンに知られるのは避けられない。
そうすれば、ベルモットやジンにも知られる。
こんな事で疑われるなんて・・・絶対にごめんだ。