第3章 チェイスの賢い始め方※
「今日は15時まででしたよね?その後、少し話ができませんか?」
「・・・・・・」
珍しい。
沖矢さんが2度目にここに来て以来、上辺だけの褒め言葉や甘い言葉はあっても、誘いの言葉なんて無かったのに。
でも、よりによってそれを。
「・・・僕の前で約束を取り付けようだなんて、良い度胸ですね」
安室さんの前で言うなんて。
何を考えているのだろうか。
「店内で喧嘩しないでくださいね」
あくまでも笑顔で。
沖矢さんの飲み終えたコーヒーカップを隣から手に取り、そう2人にいつものように声を掛けた。
「沖矢さん、ちょっと」
手に取ったコーヒーカップをカウンターの向こう側にいる安室さんへと差し出すと、そのまま沖矢さんの腕を引いて店の外へと出た。
安室さんの刺さる視線はあったが、今は店内にお客さんが居ない。
だから小声であっても店内で会話をするのは、はばかられた。
「あの、単刀直入に誘うのやめて頂けませんか」
外に出て、扉を閉めるなり、小声だけれど怒りは込めた声色で沖矢さんに凄んだ。
けれど彼はそれを寧ろ楽しむような笑みを浮かべ、飄々とした態度で顎に手を添えた。
「僕は連絡先を渡しましたが、ひなたさんからは頂いていませんので」
確かに貰った。
すぐに処分したけれど。
だからと言って、真正面から誘ってくるのは違うだろうと目で伝えて。
「・・・分かりました。こういう時の合図を決めておきましょう。終わったら伺いますから、先に帰っていてください」
ただ、今更言い返す気も起きず。
ため息混じりに彼の体の向きを反転させ、背中を押しながらそう伝えた。
「連絡先を教えてくれれば、解決するかと思いますが」
「外部の人間に教えられる連絡先は、残念ながら持っていません」
勿論、私用とは別のスマホもあるにはある。
けれど、その番号すら彼には教えたくなくて。
「とりあえず今日は帰ってください」
背中を押す力を強めながら、今日のお代はいりませんから、と付け足した。
とにかく面倒なこの時間を、早くやり過ごしたくて。
「分かりました、お待ちしております」
その崩れない笑みが腹立たしい。
そう付け足したい気持ちは、グッと抑えて。
沖矢さんの姿が見えなくなるまで暫く、その背中を見つめていた。