第3章 チェイスの賢い始め方※
「・・・今日はもう、帰ります」
まだ全てを確認し終えてはいないが、彼といると何故か感情がおかしくなる。
安室さんとも、あんな事があった後だ。
帰って早く休みたい。
「もう遅いですから。今日は泊まっていってはいかがですか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
寝込みを襲われても反撃できる自信はある。
・・・けどそれは、彼にも通用するか分からない。
意識があっても、気配に気付けなかったのに。
「送りますよ」
「結構です」
今は1分1秒でも早く、1人になりたい。
そしてあの人に報告をしなければ。
「遠慮なさらず」
「拒否をしているんです」
そう頭で考え込みながら足早に玄関へと向かうが、沖矢さんはしつこく私に声を掛けてきて。
文句の1つでも言って帰ってやろうと、玄関前で一度足を止め振り返った。
・・・その瞬間だった。
「・・・!」
それなりに大きな音が、廊下に響いた。
音の正体は、目の前の彼が私を壁に追いやるために、玄関の扉へ手を叩きつけたからで。
壁ドン、と言うには些か音が激し過ぎないかと眉を顰めていると。
「実は」
彼はどこか楽しそうに笑みを浮かべ、振り返り間際の私の顎をクッと指で持ち上げた。
「貴方が男性に耐性が無いことを知っているんです」
「・・・・・・」
そう言われている今は、意外と平気だ。
所謂、そういう雰囲気ではないからだろうか。
それとも、追いやられている相手が沖矢さんだからなのか。
「だから・・・何ですか」
「できますか?貴方がバーボンとそういう雰囲気になった場合」
・・・スコッチから得た情報か?
そんな口が軽い人だとは思わなかったが。
「つまり、あの男と寝られるかと聞いているんです」
まるでさっきまでの様子を見られていた気がした。
沖矢さんの言葉に返事をしないでいると、彼は噛み砕いた言葉で私に説明してみせて。
「わざわざ言わなくても分かってますよ・・・」
それにため息混じりで返しながら、私を掴むその手を払い落とした。