第1章 朝日は終わりを告げた
「ひなたさん、恋人はいらっしゃいますか?」
「こ、恋人ですか・・・?」
そもそもバーボンは、私だと気付いているのだろうか。
いや、気付かないはずがない。
ここに来た理由はまだ分からないが、その理由が私なら、ここを去らなければいけないのでは。
「いません・・・けど」
「それは良かった」
彼の突然過ぎる質問に戸惑いながらも答えると、眩しい程の笑顔でそう言われて。
何が良かったのか、と小首を傾げると、彼は離した手を今度は壁についた。
「では、ひなたさんの事を好きになっても・・・構いませんよね?」
そして、突拍子もない事を言い出した。
・・・なんて調子の良い。
これで何人の女を手の平の上で転がしてきたのだろうか。
これは私を油断させる、罠なのか。
「冗談がお好きなんですね」
クスクスと笑い、動揺を静かに収める。
そうしながら、バーボンの動きをそれとなく観察した。
「冗談ではありませんよ」
「またまた。色んな人に言ってるんですよね?でも、お客様には誤解されない様に、気を付けてくださいね?」
物理的にも、心理的にも、距離を取らなければ。
開き掛けたスタッフルームの扉を改めて開き、素早く私だけ中に入ると、すぐにその扉を閉めた。
「・・・・・・ッ」
動悸が、酷い。
あの時と、同じような動悸。
でもあの時とは少し違う。
あれは・・・あの人だったから。
とりあえず、エプロンを取って早く戻らなくては。
そう思い、深呼吸を何度か繰り返すとスイッチを切り替えて。
その後は如月ひなたらしく、丁寧に、笑顔で仕事を教えたつもりだ。
ただ、記憶らしい記憶が残っていなくて。
とりあえず、この事をあの人に報告しなくてはいけない。
そればかりが頭の中で駆け巡って。
その日ほど、仕事が手につかない日はなかった。