第1章 朝日は終わりを告げた
「やはり・・・いきなり名前は失礼ですかね?」
「い、いえ・・・構いませんよ」
驚きはしたものの、笑顔は崩さなかった。
・・・成程、こういう手を使うのか。
彼は私が組織に居た頃から、女性を扱うのが上手だった。
だからこそ、そういう役回りにされたのだろうけど。
「ではひなたさん、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ」
互いに、偽りの笑顔。
でもそれを悟られてしまえば終わりだ。
隙を見せた瞬間に・・・敗北が決まる。
「あ・・・僕、用事を思い出したから帰るね」
「そう?残念」
やはり子どもだな。
焦りが前面に出過ぎている。
いや、今は私が言えた立場ではないか。
それに・・・その焦りの理由を聞きたい所だけど。
「また来てね」
「うん、じゃあね」
足早にポアロを後にするコナンくんに、笑顔で手を振って。
いつの間にか律儀に飲み干され、空になったグラスを手に取ると、洗い場にそっと置いた。
・・・さて、ここからどうしようか。
「では、安室さん。早速ですけどお仕事を・・・」
改めて笑顔を作り、奥の更衣室へエプロンを取りに行こうとしたその時。
ドアノブに掛けた手の上から、彼の手が重ねられた。
背後に体をピタリと付けられ、壁に追いやられたような感覚。
それに再び心臓を強く反応させると、一瞬、時も呼吸も心臓も、全てが止まったような感覚に陥った。
「あ、安室さん・・・?」
後ろを向けない。
それはこの手の上に重なる手が、彼のものだから。
・・・ということではない。
本当に、体が動かない。
それは私の致命的な弱点でもあった。
「ああ、すみません。あまりにも、以前片思いしていた人に似ていたものですから」
そう言いながら、彼はパッと体と手を離し、相変わらずの整った顔立ちで私に笑顔を向けた。
・・・ある意味、羨ましくもある。
組織にいる頃、私にもそういう技術があれば。
少しは今と違った立ち回りができたのではないだろうか、と。