第3章 チェイスの賢い始め方※
「!?」
・・・そこから考える余裕すら無い。
気付けば殺気を向ける人物は、私の目の前にいて。
正に手刀が飛んで来ようかという、その瞬間だった。
「っ・・・!」
ギリギリで仰け反りながらそれを避けたが、完全にペースは向こう側だ。
暗闇で顔はよく確認できないが、体格からして恐らくこいつも男。
でもそれ以外、何も分からない。
「・・・!!」
飛んでくる拳を避けつつ、こちらも何発か繰り出してみるが。
どれも簡単に受けられてしまう。
それどころか、間合いをどんどんと詰められるせいで、背後に壁が近付いてきた。
・・・これは良くない。
この先は行き止まりだ。
倒れた男だけだと油断した・・・今は逃げる方が良いかもしれない。
とりあえず、そう一瞬で判断をすると、狭い通路を利用して壁沿いに駆け上がり、男の向こう側へと降り立った。
このまま走って通りまで出れば、こんなに大袈裟には襲って来ないはずだ。
とにかく走って路地を出ようと、足を踏み出しかけた時だった。
「結構、やりますね」
「!!」
その声を背中で聞いて、思わず動揺した。
それは・・・聞き覚えのある声だったからというのもあるけれど。
少し、予想外というのもあって。
一瞬逃げることを忘れ、思わず振り向きかけた瞬間、何故か再び間合いは詰められていて。
それに気付いた時にはもう遅過ぎた。
「っ・・・!!」
足を引っ掛けられバランスを崩すと、情けなくその場に転んでしまった。
「油断は命取りですよ」
そう言って向けられた手刀はすぐ目先。
・・・ただ、この男から出ていた、おびただしい殺気は消えていて。
「・・・どういうつもりですか」
男に向けて問えば、僅かに月明かりが照らした男の口元が、笑っているように見えた。
「いえ、貴女の実力がどれくらいのものかと試しただけですよ」
だからその理由を尋ねているのだが。
それに、さっきのは・・・。
「貴方、本当に何者なんですか」
向けられた手刀が、私が立ち上がる為の支えに変えられると、私の視線はその手から彼の目に移された。
「ただの大学院生ですよ」
そのただの大学院生の男・・・沖矢昴の手を借りながら立ち上がると、悔しさと怪しさを含んだ眼差しで睨み付けた。