第2章 瓶詰めの記憶の流れ先※
「ひなたさん」
「は、はい・・・!」
ベッドに横たわっていた体を勢いよく起こすと、キッチン側から顔を覗かせた安室さんに目を向けた。
「すみません、急に用事が入ってしまって・・・」
そう話す彼の様子はガッカリしているようには見えるが、それが演技なのかどうかは分からない。
でも今はそんなことどうだって良い。
「わ、分かりました。じゃあ私は帰りますね」
ぱたぱたと玄関に向かうと、急いで靴を履いて。
とにかく今は1人になりたい一心で玄関のドアノブへと手を掛けた瞬間、背後からその手に彼の手が重ねられた。
あの日、ポアロで初めて会った時のように。
「・・・残念です」
耳元で囁かれたその言葉が、ゾクッと背中に冷たいものを走らせた。
「また、来てくださいね」
「機会が・・・あれば・・・」
彼の目を見ることが、できない。
それはバーボンである彼が背後にいるからというのもあるが、単純に彼の目を見るのが怖かったから。
「ご、ごちそうさまでした・・・っ」
それだけ伝えると、逃げるように玄関を開けて隣の自分の部屋へと駆け込んだ。
・・・冷静さが、保てなかった。
彼の前だとどうしても、ペースが崩されてしまう。
自分が自分でなくなってしまうような、不思議な感覚に・・・陥る。
「・・・っ」
悔しい。
上手く立ち回れない自分に、腹が立つ。
相手は私をその気にさせようとしているだけなのに。
油断すれば、こちらの弱点を突かれるかもしれないのに。
どうして。
どうしてこんなにも。
心臓が痛いのか。
「はぁ・・・っ」
大きなため息ついては、ドアに背をつけ座り込んだ。
さっきのは失態だ。
間違いなく、そう言える。
あの人に・・・何て言えばいいのか。
天を仰いでは手の甲を瞼の上に置き、少しずつ冷静さを取り戻していった。
数分。いや、数十分経っていたかもしれない。
暫くの間そうしていたけれど。
どうにもやりきれない気持ちが晴れなくて。
少し外に出て頭を冷やそうと、徐ろに立ち上がった。