第2章 瓶詰めの記憶の流れ先※
「ま、まだ作るんですか?」
「ひなたさんの好みが知りたいんです」
あれから小一時間が経った。
結局私は食材の下ごしらえしかさせてもらえず、その後は傍にあるダイニングチェアに座らされていて。
逆に言えば、彼の手際が良過ぎて手伝えなかったのだけど。
「それに、嬉しくて仕方がないんですよ」
そう言って振り向く彼に視線を向けて。
言葉通りの表情をする彼を見ながら、何となく思った。
「今、この瞬間が」
・・・こうやって、罪を重ねてきたのだろうなと。
その気が無いのに惚れさせるのは、私は重罪だと思う。
それをこうも簡単にしてしまうのだから・・・この男は相当に罪深い。
いや、私は惚れていないけど。
「・・・私も、安室さんとお話できて楽しいです」
ああ、当たり障りが無さ過ぎる。
こういう会話にはいつまで経っても慣れない。
これは慣れだと、あの人が言っていたけど。
慣れるも何も、経験自体が少ない上に機会も無い。
毎回、ぶっつけ本番だ。
「・・・ひなたさん」
「はい」
新たにできた料理を、目の前のダイニングテーブルにまたひと皿置かれて。
その際、彼は静かに私の名前を呼んだ。
「1つ、聞いても良いですか」
「・・・何ですか?」
笑顔、だ。
それを崩すなと、自分に言い聞かせた。
今日何かを得られなくても良い。
とにかくこの男に、不信感さえ与えなければ。
「服・・・どうして着替えられたんですか?」
「・・・!」
安室さんは私にゆっくりと近付き、襟付きだった私の服の襟部分に指先を触れさせながら、そう尋ねてきた。
確かに彼の言う通り、服は着替えた。
それはあの人があんな事を言うから。
念の為、全て着替えておいた為で。
「部屋でお茶を零してしまって。濡れてしまったので、着替えたんです」
濡れた服では失礼かと思って、と付け足しながら。
心臓だけが、激しく動く。
心拍数は上がっていくばかりだ。
それは緊張のせいか、それとも。