第2章 瓶詰めの記憶の流れ先※
動いているせいか、季節のせいか、僅かに暑く感じた体は熱の放出を求めていて。
一段落ついたせいか、苦しさも主張し始めた首元のボタンを1つ外し、小さく息を吐いた。
「!」
片付けを終えカウンターに戻りかけると、ポアロのドアベルが店内に鳴り響いて。
「いらっしゃいませ」
反射的に出るようになった挨拶を掛ければ、入ってきた1人のお客さんは軽い会釈をした。
「どこでも空いていますので、お好きな所へどうぞ」
待ち合わせだろうか。
カバン等の手荷物がない。
「ここ、良いですか?」
「ええ。勿論」
少し暑くなってきた頃なのに、ハイネックにジャケットを羽織った男性はカウンター席を指差し、そこへ腰掛けた。
・・・この人、どこかで見たことがある気もする。
「知り合いに、ここのコーヒーが美味しいと聞きまして」
「そうなんですか?嬉しいです」
誰だったか思い出せないでいると、彼からそう話をされて。
潜入している身とはいえ、ここでの仕事も手を抜いているつもりはない。
だからポアロのことを良く言われるのは、普通に嬉しいことだった。
その後、彼から注文を受けたコーヒーを差し出すと、物腰柔らかな様子でお礼を言われた。
「あの」
彼がそのコーヒーを半分飲んだ頃、皿の片付けをする私に突然声を掛けてきて。
「不躾なことを聞いても良いでしょうか」
それを初対面の人に言われて、ノーと答えられる人間はどれくらいいるのだろう。
少なくとも客と店員という立場からも、私の答えはイェス以外に与えられていない。
「ええ。何でしょうか?」
僅かに身構えながら体の向きを彼の方へと向けると、徐ろに彼は何故か自身の首元を指さして。
「恋人に、付けられたんですか?」
「・・・ッ!」
その質問に、体は勢いよく動いた。
指摘された箇所を手で覆い、全身の熱が一気に上がる感覚を覚えて。
「す、すみません・・・」
さっき半ば無意識にボタンを外してしまったから。
何の為に閉めていたのかと自分を責めては、改めてボタンを締め直した。
「いえ。でも、残念です」
「?」
何が残念なのかと首を傾げれば、彼は僅かに口角を上げ私へと笑みを向けて。
「貴女に、一目惚れしてしまったようなので」
そう、サラリと言ってみせた。