第13章 ノーカウントの数え方
「透さん?」
苦しさすら感じる抱擁に、自然と彼の背中に手が回った。
体重がかかり、重さを肌で感じ取りながら名前を呼んでみるが、僅かに震えているようにも感じる彼から返事は聞こえてこなくて。
「透さ・・・」
「零」
いつもと違う雰囲気に不安のようなものを感じ、もう一度名前を口にしようとした時。
彼の言葉が遮って。
「・・・!」
・・・れい。
確かに、そう聞こえた。
一瞬脳が追い付かず唖然としていると、彼は再び体を離し私と目を合わせて。
「降谷、零です」
1人の名前を口にした。
「僕の・・・本当の名前」
どこか泣きそうな表情で、そう告げる彼をじっと見つめながら、思考回路は鈍く動いた。
「・・・・・・」
降谷・・・零・・・。
彼の、本当の名前。
それを私に直接明かしたという事は・・・自惚れても良いのだろうか。
「降谷・・・さん」
安室透が偽名だということは分かりきっていたことなのだが。
彼が本名を明かしてくれるとは思わなくて。
教えられたそれを呟くように口にすると、彼は何故か少し不服そうな表情をして。
「そっちは部下に呼ばれているようで嫌なので」
優しく頬を撫でる彼の指が、私の熱と混ざり合って。
誰かの体温がこんなにも心地良いと思ったのは初めてだった。
「零、で」
成程、不服そうだったのはそういう事かと納得しながら、体温を求めるように、頬に触れる彼の手にそっと自身の手を重ねた。
「零・・・さん?」
確かめるように呼んだ名前を聞いて、今度は満足そうに笑みを見せた。
何だか違和感が大きい。
別の誰かを呼んでいる気分だ。
「2人だけの時は、その名前で呼んでくれませんか」
確かに、今後も呼ぶのは安室透の名前が多いだろう。
赤井さんだって、ここ最近は昴さんと呼ぶ回数と50:50だと感じる。
「・・・零」
それにはもう慣れたが、透さんのこっちの名前には慣れが来るのだろうか、と確かめるようにポツリと名前を零した。