第13章 ノーカウントの数え方※
「ひなたさん、帰られるようでしたら、これで戸締りを。鍵は博士に預けておいてください」
「え、あ・・・っ」
投げられたそれを慌てて受け取ると、意味深な笑みを私に向けて。
彼は静かに工藤邸を去っていった。
3人の状態でも気まずさは変わらない上、寧ろ過ごしにくいとは思うのだが。
でも、この状況で置いていくなんて。
どうするか判断に悩んでいると、透さんはベッドに腰かける私と視線が揃うように、腰を屈ませて。
「・・・ひなたさん」
「は、はい」
その表情にいつもの笑顔はなく、ただ真っ直ぐに私を見つめて名前を呼んだ。
反射的に返事をすれば、彼はようやく少し困ったような作り笑顔を私に向けて。
「一度、帰りませんか」
私さえ良ければ透さんの車で、と付け足す彼の言葉に迷いが無かったと言えば嘘になるが。
「・・・はい」
その提案に、私はすぐに返事をした。
先程まで会うのが怖いと思っていたのに。
今はこんな彼を、1人にすることの方が怖くなって。
ー
「紅茶でいいですか?」
「はい」
少し話をしたいという彼の申し出に、隣の透さんの部屋に上がり込むことになり、先にイスへと誘導されて。
紅茶を入れる彼の背中を見つめながら、僅かに哀愁のようなものを感じた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そっと目の前に置かれたそれは、工藤邸で昴さんが入れてくれたものとは違う香りが漂ってきて。
茶葉の選び方に、それぞれのらしさを感じられて少しだけ口角が緩んだ。
「さっきはすみませんでした」
「あ、いえ・・・こちらこそ」
足音一つでああなってしまったことは、本当に不甲斐ない。
彼が謝る必要は本当に無いのだと、両手を左右に振って示して見せたが、それは拭いきれなかったようで。
「・・・あと、それも」
言いながら彼は、自身の右頬を指差してみせて。
頬に何かあっただろうかとふと考えたが。
「!」
ずっと貼っていたせいで感覚が無いに等しくなっていたそれに指が届くと、彼の指したものがようやく分かった。
「これは透さんのせいじゃ・・・」
頬の傷を隠すためのガーゼ。
それに対して謝罪を口にしたことは分かったが、これは彼につけられたものではない。
なのに彼が謝る理由に、語尾が弱くなっていく中で段々と気付いてしまって。