第11章 昨日と明日と明後日と
明日からまた忙しい日々になりそうだ。
今度は数日前のような傷だけでは済まないかもしれないな、と脳裏で考えていた時だった。
「!」
廊下から、聞き覚えのある靴音が聞こえてきて。
私が向くとほぼ同時に、赤井さんも玄関の方へと視線を動かしていた。
「・・・・・・」
暫くして隣の部屋の鍵が開き、部屋の主が戻ってきたことを音で察した。
・・・透さんが、戻ってきたんだ。
「帰ってきたようだな」
「そうですね・・・戻った方が良いのでは?」
この部屋はそこまで防音がしっかりしているわけではない。
僅かに声を潜め、玄関に視線を向けたまま話した。
いくら沖矢昴の姿とはいえ、彼と鉢合わせするのはあまりよくはないだろう。
隙を見計らって、ここを早急に・・・。
「・・・いや、少し宣戦布告といこう」
「?」
玄関に向いていた視線は、勢いよく赤井さん・・・いや、昴さんの方へと向いていた。
さっきまで赤井さんの声だったのに。
いつの間にか手元は彼の喉元にあり、声は沖矢昴のものに変えられていた。
「あ、あか・・・!?」
「昴、ですよ」
頭では分かっていたのに。
彼を咄嗟に赤井さんと呼びかけてしまった。
なぜ今、そして宣戦布告の意味を尋ねる間もなく、彼はベッドに座る私に何故か距離を詰めた。
さっきまで、赤井さんだったのに。
この不敵な笑みは間違いなく昴さんで。
どちらも同じ人のはずなのに。
全くの別人に感じてしまう。
「っ!」
逃げる余裕、と言うよりは逃げる理由を見つけられず。
ただ彼との距離が縮まった。
ベッドに昴さんが手をつくと、僅かに沈み込んだそれに得体のしれない焦りを覚えた。
「す、昴さ・・・」
追いやるように、彼はベッドの上へとやってきて。
あっという間に私の背は壁についてしまった。
・・・背後の壁から、僅かに気配を感じる。
それが余計に焦りを増幅させた。
「声、我慢できますか?」
「!」
頬に、彼の手が添えられて。
嫌でもこれから何をするのか察した。
絶対に無理だ、今は駄目だ、と首を大きく横に振ったが、そんなもの、聞き入れてもらえるはずもなく。
彼から返ってきたのは、今までで一番悪く見える笑みだけだった。