第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「こちらはもう我慢の限界だということも、理解して頂きたいですね・・・」
彼は項垂れるように頭を下げると、肩を掴む手の力を僅かに強めながら、言葉と息を同時に吐くようにそう言って。
「流石に堪えます」
次に彼と目が合った時、何故か私が追い詰められるような、そんな目をしていた。
「すみません・・・」
なぜ私が謝っているのか。
疑問に思いつつも、彼の眼が私にそう言葉を吐き出させた。
それからどうやって部屋に戻ったのか、彼と最後に交わした言葉は何だったのか。
腕に巻かれた包帯や薬のにおいが、確かに彼といたことを証明しているのに。
何故か記憶はふわふわとしたものになっていて。
赤井さんに何と報告すれば良いのか分からなくなって。
特に情報が得られた訳でもなかった為、あの部屋での出来事は、私の胸の中でそっとしまい込んでおくことにした。
ーーー
あれから丸2日。
安室透と話すことは無くて。
ポアロで一緒になる予定はあったが、体調不良を理由に姿を現さなかった。
「まあ、平和で良いのでは?」
「・・・・・・」
それが丸3日になろうとする頃、私はポアロで食器を吹き上げながら、カウンターに腰かける人物のコーヒーを飲む姿を見つめていた。
「少しは息抜きができましたか?」
「まあ・・・そうですね」
和やかな笑顔だが、どこか圧を感じる。
彼、沖矢昴は以前と変わらず時々こうしてポアロに来ては、コーヒーを飲んでいた。
ただ私はこの時間が少し苦手で、まさに息が抜けない状態になっていた。
「・・・・・・」
彼は本当にコーヒーを飲むためだけにやってくる。
何か情報を求めるでもなく、調査や任務を頼むでもなく。
ただただ、ポアロに来て少しだけ静かな時間を過ごして帰るだけだった。