第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「・・・誰に教わったのか尋ねたい所ではありますが」
何をされるのか、これからどうなるのか。
予想ができていない状況の中、彼は言葉を発しながらゆっくりと掴んでいた手の力を緩めた。
「嫉妬で狂うかもしれないので、これ以上の追及はやめにします」
壁についていた手はゆっくりと降ろされ、彼の熱を地肌で感じなくなると、呼吸は途端に楽さを感じ始めて。
同時に、FBIなのに・・・という不甲斐なさが素早く私を包んでいった。
「ひなたさん」
「は、はい」
赤井さんになんて報告すればいいのか。
いや、報告するほどのことなんてないか、と俯きながら透さんの呼びかけに半分意識の無い返事をすると。
「・・・少しだけ、抱きしめてもいいですか」
突然、そんな許可取りをされた。
私が断らないと分かっていての質問なのか。
それとも、単純な彼の優しさからくる確認なのか。
どっちでもこの際良いが、私の答えはあってないようなものだ。
「・・・・・・」
小さく、頷く。
これ以外の行動を、FBIである今の私が取れるわけがない。
彼の興味を引いたまま、この関係を維持する。
そしてあわよくば情報を搾取する。
それだけのことだから。
「・・・すみません」
数秒・・・いや、数分だっただろうか。
どれくらいの間、彼と体を密着させていたか分からない。
それ程、体と脳は緊張と恐怖で何もできずにいた。
「・・・?」
彼は謝りながら肩を掴んで体を離すと、困ったような笑みを浮かべて私の顔をジッと見つめた。
それに対して小首を傾げると、彼は視線だけを私から離した。
「連れ込んだ僕が言うことではないと分かっていますが・・・襲われないうちに、帰った方がいいですよ」
「・・・・・・」
・・・もう、襲われているようなものだが。
無論ここに入った時点で、怖気つきつつもこの先の覚悟はできているつもりだった。
でも。
「透さんは、許可なくそんなことはしないと分かっています」
私も、彼から視線を外してそう答えた。
目は合わせなかったが、それは取り繕った言葉ではなく、紛うことなき私の本音だった。
「はぁ・・・・・・」
けれど、そんな私の本音に対して帰ってきたのは、彼の長く重苦しい溜め息だけだった。