第10章 ジャズに乗せて踊ろう
それからの数秒が、長かった。
呼吸もままならないせいか、生きた心地がしなくて。
何と言ってこの部屋を一早く去ろうか。
そんな事ばかり考えていた時。
「そういえば」
彼は徐ろに話題を切り出して。
帰るタイミングを僅かに逃してしまった中、後悔と共に顔を上げれば、再び透さんと視線が交わった。
「泣かせてしまって、すみません」
「!」
表情は、先程までの笑顔に少し愁いを帯びたものに見えた。
彼があの言葉を信じているとは思わなかったが、その表情のせいか、途端に罪悪感が襲ってきて。
「違・・・っ、あれは昴さんが勝手に言っただけで、本当に泣いたわけでは・・・!」
なぜ私がこんな言い訳じみたことを言わなければいけないのか。
その怒りを昴さんに向けたいところではあるが、そうもいかず。
両手を振って全力で否定するしかなかったが。
「・・・そうですか。安心しました」
言葉通り彼が心底安心した表情を見せるから。
不覚にも、誤解されなかったことに私も安心してしまった。
その時に見せた彼の横顔が、あまりにも整っていて。
見惚れた訳ではないが、思わず見入ってしまった。
「・・・あの」
「は、はい・・・っ」
帰る機会を完全に逃してしまったことすら忘れかけていた私に、彼の視線は前を向いたまま、次の話題を切り出そうとして。
私の咄嗟の返事に、透さんがゆっくりとこちらを向くと、真っ直ぐな視線で私を見つめた。
「触れても構いませんか」
「・・・っ」
いつもの、許可取り。
彼はどの女性にも、こうなのだろうか。
以前、確認をしないでほしいと言ったことがあるが、どうやらそれは指先だけの話なのだろう。
「勿論、昨日許可をもらった所だけです」
子犬のような振る舞いで、目だけは狼のまま。
NOとは言わせないような言い方。
仮に今NOだと言っても、別の提案をされるのだろう。
結局、彼のペースなのは変わらないはずで。