第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「と、透さん・・・?」
「・・・・・・」
絞り出すように声を発した後、彼は空気が抜けていく風船のように、その場にへたり込んでしまって。
隙、なんてものではない。
今の彼なら何をされても抵抗しないんじゃないかと思う程、脱力しきっていて。
明らかに、様子がおかしかった。
「あの・・・これは本当に転んだんです・・・」
言い訳がましく、そして何故か安心させるように。
しゃがみ込んだ彼と視線を合わせるように、私もその場に腰を下ろした。
「容赦ないと言ったのは、チェスです。昴さんに相手をしてもらったんですが、一度も勝てなくて」
無理がある、なんて互いに分かっている。
透さんだって、これが嘘だなんて分かっているはずだ。
それでも、今の彼に必要なのは上辺だけの嘘だと判断して。
「だから、その・・・」
次の嘘を。
真実を隠すための、嘘を協力にするための嘘を。
必死に考えたが、上手く言葉が出てこなくて。
「・・・・・・」
彼を元気づけることも、嘘をつくことも、この場に留まることも、そこまで必要ないはずなのに。
何故私はこんなにも必死になっているのだろう。
なぜ、こんなにも。
昨日から、気持ちがざわついているのだろうか。
「透さ・・・」
とにかく今は何か会話を。
そんな無意味な焦りを感じていると、体がふわりと浮いて。
「あ、え・・・!?」
気付けば、奥の部屋のベッドの上に座らされていた。
油断していたといえばそうだが、今の彼にそんなことができると思っていなかったから。
されるがまま、相手のテリトリーに踏み込んでしまった。
「あの、透さん・・・」
「そこに座っていてください。傷の手当てをします」
靴を履いたまま連れられた為、私の靴を脱がし玄関に置くと、彼は押入れを開けて救急箱を取り出してきた。