第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「・・・・・・」
汗を無造作に手の甲で拭っていると、彼の顔には汗一つないことにも気づき、更にその薄気味悪さは増してきた。
・・・本当に、沖矢昴という人間は存在しないのだという、事実を突き付けられたことに対する、拒絶反応にも近かったかもしれない。
「昴さんの掌底、相変わらず威圧があります」
「お褒めにあずかり、光栄です」
その感情を誤魔化すように、上がりきった息を整えながら、会話を続けた。
「・・・あと、顔だけ狙わなかったのは少し腹が立ちます」
「おや、これは失礼」
節々が痛むが、顔だけは痛みが薄い。
自分のせいで掠った部分はあれど、彼が直接私の顔を狙うことは、最後までなかった。
「綺麗な顔に傷が残っては、彼に怒られますから」
・・・本当に赤井さんなのだろうか。
そう疑ってしまう程に、凡そ彼の言いそうに無いことを、サラリと言ってのける。
実は中身は違う人間が・・・なんて考えも過ったが、先ほどの手合わせで、その可能性は綺麗に消えていた。
「・・・やはり、体格に恵まれなかったのは少し悔しいです」
生まれつき小柄なせいで、色々と不利な思いもしてきた。
赤井さんが截拳道と銃の扱い方を叩き込んでくれたおかげで、今私がFBIとしていられると言っても過言ではない。
勿論、赤井さんに恩義を感じているのは、これだけが理由ではないが。
「気に病むことはありません」
昴さんは、置いていた煙草を手に取り火をつけると、昨日と同じように煙を燻らせて。
「截拳道の有名な使い手も、小柄でしたから」
いつもよりは柔らかい笑みで、煙と共に言葉を吐き出した。
「十分、才能はありますよ」
その言葉・・・赤井さんの声で聞きたかった、なんて思うのは求めすぎだろうか。
昴さんの声でも、あの人の言葉だと分かっているから嬉しいことに違いはないが。
このもどかしい気持ちは、どこにやれば良いのだろうか。