第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「遅いですよ」
「ッ!」
忠告通り、遅かった。
動きも気づきも、全てが。
遅いせいで、そこそこまともに一発、相手の拳を食らってしまった。
「・・・っは、ぁ・・・ッ」
みぞおちが近かったせいで一瞬息苦しさを感じたが、直前で僅かに態勢を変えたおかげで、すぐに構えることができた。
「・・・どういう、つもりですか・・・昴さん・・・」
まだ姿をハッキリと捉えてはいないが、声だけハッキリと聞こえた。
間違いなく、それは彼のものだった。
「話は後です」
「!!」
沖矢さんはいない、ここには赤井さんがいる、という先入観が良くなかった。
そのせいで、脳の処理が僅かに遅れた。
その後、何発か昴さんから攻撃をされ続けたが、目が慣れてきたおかげで避けることはできた。
でも、避けることが精一杯で。
「避けているだけでは勝てませんよ」
「っ!」
そんな私に痺れを切らせてか、昴さんは足を引掛けて私の態勢を軽く崩すと、顔面直前で拳を止めた。
「・・・やはり、動きが鈍りましたか?」
呼吸の僅かな乱れも無い彼は、肩で息をして汗を流す私を見下ろしながら、そう尋ねてきた。
動揺していたとはいえ、それは否めない。
昴さんが拳を止めていなければ、私は確実にやられていた。
それは紛れもない事実で。
「・・・・・・」
今までも何度か似たことがあったが、ようやくあの時の行動の意味を理解した。
截拳道を直接私に教えたからこそ、その鈍りを許さなかった。
そこには彼なりの優しさと、厳しさが詰まっていたんだ。
「・・・・・・」
彼が顔前から拳を引いたのを確認すると、私も立ち上がり呼吸を整えた。
今までは、間違いなく手加減していた。
だが今日は・・・それなりに本気だ。
それは昴さんからの、雰囲気で十分伝わってくる。
「負けた方は、1つだけ言うことをきく・・・なんてベタな約束はどうでしょう?」
彼を目の前に構え直すと、突然そんな提案をしてきて。
私が赤井さんに勝つなんてことはあり得ない話なのだが。
「・・・構いませんよ」
そんな条件がなくとも、赤井さんの言葉なら何でも聞くが。
わざわざ昴さんの姿でそう言ってきたということに、私の扱いに手慣れているな、と自分のことながら笑ってしまった。