第10章 ジャズに乗せて踊ろう
「・・・大丈夫なんですか」
曖昧な質問。
こう投げかけて、彼はどう答えるのか気になってしてみたが。
「それは、何に対してだ?」
やはり上手くかわされてしまった。
そうなれば、確認しておきたいことは一つで。
「私はまだ、日本にいて」
帰るつもりでいた。
だから、部屋も荷物も気持ちも、全て準備していたが。
「帰りたくなったか?」
「・・・いえ」
話の流れで、帰らせるつもりがないことは分かっていたが。
どこか自分の中で、確実に言葉としての証拠が欲しかったのだろう。
まだ彼の傍で、働いて良いのだと。
だから、この言葉だけで十分だったのに。
「俺も、君がいなくなっては困るからな」
頭を無造作に撫でられ、笑いかけられて。
それが私にとって、どれ程嬉しいことだったか。
「っ・・・」
彼の作戦を無視してしまったことは、昴さんとして見ていたから知っているはずなのに。
それを踏まえた上で、私をまだ傍に置いてくれる。
例え安室透に対して都合が良かった人間だったとしても。
彼の役に立てるなら、それで良かった。
「それと、明日もここに来い」
「?」
乱れた髪の毛を手櫛で整えていると、彼は徐ろに伝えてきて。
「動きやすい服装で、だ」
そして更に、そう付け加えた。
「・・・分かり、ました」
今はできず、そして沖矢昴では都合の悪い話なのだろうか。
何にせよ、私に断る理由は無い為、首を縦に動かして了承した。
ー
次の日の昼過ぎ。
その時間は赤井さんが指示した時間だった。
指定されたその時間に再び昨日と同じ場所へと姿を現すと、分かりやすく足音を立てた。
昼間だが、地下という場所のせいで辺りは暗く、時間の感覚を失う。
目が慣れるまでは、方向の感覚もそうだけど、と柱を探すために手を伸ばした瞬間。
「・・・ッ!」
その腕を横から掴まれ、勢いよく投げ飛ばされた。
空中で何とか態勢を整えたため、背中から着地することはなかったが。
・・・問題なのはそこではなく。
「・・・」
投げ飛ばしたのが、赤井さんなのかどうか、だ。
それを早く確認する為、投げ飛ばされた先でゆっくりと立ち上がり、暗闇の中で目を凝らした。
・・・が、次の瞬間には、その正体が赤井さんでないことを知ってしまった。