第10章 ジャズに乗せて踊ろう
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「・・・・・・」
ようやく、だった。
赤井さんの呼び出しに従えたのは。
様子が僅かにおかしかった透さんと別れ、何とか部屋を抜け出すと、尾行が無いことを確認しつつ集合場所へと向かった。
時間の指定は無かったものの、流石に遅れの度が過ぎたように思う。
ただ、赤井さんも状況は理解しているはずだ。
・・・現場を見ていたのだから。
「ふー・・・」
とある廃ビルの目の前で足を止めると、深く息を吐いた。
待ちくたびれていなければ、赤井さんはここにいるはずで。
流石に僅かな緊張感を覚えながらドアを開けると、静かに足を進めた。
だだっ広く、物が少ないせいで音がよく響く。
それだけ、侵入者に気づきやすい。
自分の靴音を響かせると、物陰で姿を隠す彼に自分の存在を示した。
「随分と掛ったな」
彼の存在を消す能力というのは並外れている。
それはスナイパーとして当然の能力で。
物陰から、姿を見せないまま声を掛けられると、ピタリと足を止めて声のした方へと体を向けた。
「・・・すみません」
謝罪を口にしつつ、彼の方へと足を進めると、小さな明かりが不意に灯った。
煙草につける火の明かりだということは、すぐに察しがついて。
「まあ、相手はバーボンだ。寧ろこの時間で、よく逃れられたな」
「・・・私を逃す為に、姿を現したのでは?」
煙草の煙が漂う中、暗闇に慣れた目は彼の姿をぼんやりと捉えた。
・・・数時間前の、あの時の格好のまま。
やはりもう、赤井さんも隠すつもりはないようで。
「焚きつけたんですよね?」
「さあ、何のことだろうな」
恐らく、わざわざ透さんを煽りに行った。
「・・・赤井さん」
勿論、赤井秀一としてではなく。
「いえ・・・沖矢、昴さん」
もう一人の彼として。