第9章 愛はお金で買えますか
「・・・っ」
何も言えないことが分かっていてか、彼はその笑みを崩さないまま、その場を後にした。
何故わざわざ姿を現したのか分からないが、こちらからも逃れられないことを察すると、小さくため息を吐いた。
・・・逃れるつもりも毛頭ないが。
「・・・ひなたさん」
「は、はい・・・!」
昴さんがどこに姿を消すのか。
無意識にその背中を目で追っていた時、彼から静かに名前を呼ばれ、我に返って。
「最後、あの男に何を言われたのですか」
耳に指先を残しつつ透さんに目をやると、僅かに眉間にシワを寄せた表情で、軽く拳を握り込みながら、私にそう尋ねてきた。
「あ・・・いえ、大したことでは・・・」
こういう時の切り返しで、上手な言葉とはどんなものなのか。
昴さんが、そういう所まで教えてくれるとありがたいのだけど。
残念ながら教わっていない今は、そう切り返すのが精一杯で。
「・・・そう、ですか」
ただ、その答えで彼が納得するはずもなく。
「ひなたさん。店の中には入らないので、お買い物にお付き合いしても構いませんか」
「・・・・・・」
結局、こうなってしまう。
今の表情は、笑顔と呼べるものだが。
彼の眼は、笑っているというよりも、真剣で真っ直ぐな瞳という印象を受けた。
・・・何が目的なのか。
赤井さんが生きていることも、すでにバレたのに。
やはり組織を抜けた人間は、生かしておけないということなのだろうか。
だったら、すぐに始末すれば良いのに。
・・・聞きたい。
何が目的なのか。
聞きたい、が。
聞くなと先に釘を刺されている。
このもどかしさは、そんな簡単な言葉では片付けられない程、複雑になっていて。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「ありがとうございます」
状況的にお礼を言うのはこちらの方だと思うが。
今はありがた迷惑でしかない為、笑顔だけで返事をした。