第9章 愛はお金で買えますか
「今日はもう、お仕事お終いですか」
「あ・・・、はい」
戸惑い、しかなかった。
ただその戸惑いは、一つの理由からなるものではなくて。
「ふん、白々しい」
鼻で笑いながら透さんが、そう吐き捨てたが。
私もその言葉には、生意気にも同意を僅かに感じてしまった。
それはここ数か月の出来事があった所為なんだと、無意味な言い訳を心の中でしながら、昴さんの姿を上目で覗くように見上げた。
「彼女を呼んだのは、貴方じゃないんですか」
「呼んだ?ひなたさんを、ですか?」
透さんは昴さんに近付くと、挑発的な言葉と態度で、彼を目の笑っていない笑顔で睨み付けた。
先日のこともある。
これ以上面倒なことになっても時間の無駄だ。
・・・面倒なことにしたのは、誰とは言わないが。
「ち、違います・・・!私、別に人に会いに行く訳ではないです」
わざとらしかっただろうか。
でも、今までもこうしてきた。
女性らしく、慌てた様子を装って。
目は伏せ気味で、肩をすくませて、体を縮めるように丸める。
「ちょっとその・・・男性の前では買いにくいものを、買いに行こうと思っていて・・・」
自分の服の袖を掴み、恥ずかしがって。
そうやって、今まで騙してきた。
「・・・そうでしたか、すみません」
バーボンを100%黙せるとは、思っていないが。
今を逃れられるなら、構わない。
「いえ・・・」
それで、どうするのか。
目だけで尋ねるように、昴さんに目をやると。
「では、僕はこれで」
彼は、あっさりと別れの言葉を口にした。
てっきり、2人でここから向かうのだと思っていたのに。
だって、彼は・・・。
「・・・またあとで」
「!」
彼が私の傍を通り過ぎる瞬間。
一瞬油断していたその時に、昴さんは私の耳元に口を近づけると、私にしか聞こえない程度の声量で、そう囁いた。
突然の囁きに思わず耳を抑えながら彼の顔を勢いよく見れば、そこには今までで一番の悪い笑みが目に飛び込んできた。