第9章 愛はお金で買えますか
「・・・ッ」
何も言えない。
言える言葉がない。
何を言っても、嘘偽りになってしまいそうで。
ただ、沈黙を貫くことしかできなくて。
「覚悟していてくださいね」
そんな私に、彼はいつものような挑発的な笑みを向けると、スタッフルームを後にした。
「・・・・・・」
ズルズルと、崩れ落ちるように扉を背につけたまま座り込むと、ようやく息を吐けた気がした。
バーボン相手に、感情を動かすだけ無駄なのに。
なぜこうも乱されるのか。
時折感じる真実だと思われる言葉に、翻弄されすぎている。
手の平の上で踊らされ、遊ばれて。
どうせ何かの為の、駒でしかないのに。
一々乱される自分が情けない。
けど、どうしようもなく。
彼のことを考える時間が・・・苦しく、切なく、そして。
鼓動が早くなる感覚が押し寄せることに、私は気付いてしまっていた。
ー
「・・・!」
その日のポアロはとても落ち着いた時間が流れて。
難なく1日が終わると、私たちは同じ方向に向かって同時に帰路につき始めた。
そんな時だった。
スマホに、赤井さんからの招集がかかったのは。
「すみません、寄るところができたので、私はここで失礼しま・・・」
「送ります」
スマホを見て一度足を止めた為か、透さんは私が言葉を言い終わるよりも先に、そう言ってきて。
まるでこれから誰に合うか、悟っているかのように。
「もう、辺りも暗いですし」
「あ、いえ・・・すぐそこまでなので大丈夫です」
さすがに、彼を連れて行くわけにはいかない。
かと言って、彼相手に尾行を撒くのも難しいことだ。
「すぐそこでしたら、尚更。お送りします」
「・・・」
引く訳がないか。
であれば、面倒だが一度行動を共にし、部屋に戻って出直すのが早いか。
そう諦めた行動を取ろうとした時だった。
「おや、こんな時間に、奇遇ですね」
「・・・!」
相変わらず気配もなく、いつの間にか私たちの目の前に姿を現したのは、二日ぶりに目にする沖矢昴の姿だった。